序章 月夜の巫女
鏡花水月。鏡に映る花も、水面に浮かぶ月も手に取る事はできない。
それと同じように私の事を殺そうとしている幼女のナイフの刃は決して届かないだろう。
私を殺す事を目的とした人間は神殺しと呼ばれている。神への信仰を忘れ、欲に目がくらんだ残酷極まりない下克上。神を殺す事でその殺した人間が神になれると誤解した人間達は愚かにも老若男女が先を競って私を殺そうとしている。
しかしそれだけではない。その土地の神も知らない人間は私の事を神だと勘違いし、ただの巫女を神の位にまで人々の想像は押し上げた。
この地で巫女をやっている私は人付き合いが少なく育ったせいか、社から出たときにその姿を見られ神と誤解された。神殺しの最盛期と呼ばれた当時は下級妖怪、使い魔といった人間の生活とは無縁の者達も神として殺されていったらしい。
しかし、その殺すべき対象の神も存在する。神というのはその土地を生き永らえさせるためだけの存在であり、人間が想像しているような絶対的存在ではない。神を殺したところでその土地が死んで逝く、その程度のことしか神殺しで起こらないだろう。
神が新しく生まれる事は恐らくもう二度と無い。死んだ土地はもうかつての姿には戻れない。人間の愚かな行為は、結果として自分達を滅ばせる道筋なのかもしれない。
そう物思いにふけっていると草陰に隠れていた幼女がナイフを突き出すようにして私の腹部へ突進してきた。幼女の存在に気が付いていた私は、ナイフが腹部に刺さる直前に幼女の手を掴み、幼女からナイフを取り上げる。
今にも噛みつきそうな幼女の顔に対し、私は感情のこもっていない顔で接した。
「あなた名前は?」
「・・・」
無言のまま全く喋らない幼女は、ひどく静かに怒っているように見える。初めて会ったのにも関わらず、よく見知った怒りを目にしたような感情になる。
見たことがあるようなその眼は一匹の妖怪によく似ていた。
「もしかして・・・悠魔の娘さん?」
「・・・」
無言でありながらも僅かに肩が動く。図星のようだ。
幼女は相変わらず押し黙り続ける。
「悠魔か・・・懐かしいわね。昔は悠魔と一緒に―」
「だまれっ!!あんたの話なんか聞きたくないっ!私のお父さんはあんたの身代わりになって死んだ!元はと言えばあんたがお父さんを殺したようなものだ!私は遺言すらも聞けなかった!あんたがお父さんを語る資格なんてこれっぽちも無い!!」
まるで唐突にガスが爆発したようだった。これまで不安定な状態で溜め込んできた怒りを全て吐き散らすような。
「あら、それじゃあ教えてあげる。悠魔の最後の言葉を・・・」
美しい満月のこの日、私は全てをはき散らし疲労した幼女に友の言葉を託した。
私の願いと同時に・・・