私を嫌っているはずの婚約者が、外堀を完璧に埋めて逃がしてくれません
私、エミリア・ローゼンは、学園に入学して初めて婚約者を見ました。
母親同士が親友で、生まれるずっと前から決められていた婚約者です。
お母様の親友のエリザベート様は、王都のノルディス侯爵に嫁いで、お母様のマリアンヌがローゼン辺境伯に嫁いだので、婚約者になった子供同士は物理的な距離に阻まれてずっと会えませんでした。
私が学園に入学できる13歳になってやっと会えるようになりました。
でも、私は下級学園の一年生で、婚約者のラファエル様は上級学園の三年生です。
13歳と18歳、6歳も歳が離れています。
私は、勇気を出して上級学園の三年の教室まで行きました。
「会うわけないだろう。婚約者なんて俺にはもう要らない!」
ビクッと私の身体が恐怖に震えました。
私が呼び出しを頼んだだけの同級生に、ラファエル様は大声で怒鳴っていました。
私は、呼び出してくれた方に、お礼も謝るのも忘れて駆け出しました。
ラファエル様の後ろ姿だけで、顔は見えませんでしたが、顔を見たら浮かれていた自分がもっと恥ずかしくなる。
辺境で会える日をずっと楽しみにしていたけど、ラファエル様には迷惑だったんだ。
走って、木陰のベンチに座って上級生をボーッと眺めていると、並んで歩いているのは男女の二人組ばかり。
上級学園を卒業したら、ほとんどが結婚して家の跡を継ぎます。
同じくらいの年の方と婚約するのが普通です。
6歳も年下の婚約者が学園の卒業間近にやって来ても困るのかもしれない。
「あら、あなたさっき三年生の教室に来ていた子ね。私のラファエルに何か用があったのかしら?」
上級学園の三年の女子のようだった。
私のラファエルって……。
「……もしかして、親同士が決めた婚約者ってあなた……? 本当に実在してたの!?」
6歳も年下の婚約者って、実在を疑われる程の異常な存在だったんだ……。
きっと、婚約破棄した方がいいんだわ——。
目頭が熱くなって涙が出て滲んでいた。
「せっかく会いに来た婚約者に恋人がいたなんてショックよね。でも、学園の中には恋人を探してる子なんてたくさんいるから、下級学園の中で探しなさい。私はエヴァンジェリン・クロードよ。相談に乗ってあげるから、まずはラファエルとの婚約は破棄しなさいね」
ラファエル様の恋人のエヴァンジェリン様に言われて私はうなづいた。
その日は、寮に戻ってすぐにお母様へ婚約破棄したいと手紙を書いた。
すぐに、婚約破棄は出来ないと返事が来た。
それでも、お母様に何度も何度も手紙を書いて、やっとラファエル様との婚約破棄を先方に伝えてもらえる事になりました。
◆◇◆
「エミリアちゃん」
学園にも慣れてきて、寮から学園へ通う道で、上級学園の三年生に声をかけられました。
彼はユーリ・フォン・ベルンと言って、私が以前に婚約者のラファエル様の呼び出しを頼んで、代わりにラファエル様に怒鳴られてしまった方です。
お礼もせずに逃げ帰った私を見つけてくれて、「俺のせいで君の婚約者を怒らせてしまってごめん」と、逆に謝られてしまいました。
私はきちんとユーリ様に謝って、気にしなくていいと伝えたのですが、あれからずっと気にかけていただいています。
私の方こそラファエル様との関係をギクシャクさせてしまっていたら、『同じクラスなのに気まずいでしょう』と聞いてみると、ユーリ様は悲しそうな瞳をされます。
「ユーリ様、昨日、辺境のお母様から手紙が届いて、やっとラファエル様との婚約破棄の許可を頂きました」
「え! 本当に!? 良かったね」
「はい、私のお母様からあちらのお母様に連絡がいって、それからラファエル様に話がいき、婚約破棄に同意していただいたら、正式に婚約破棄が成立します。ユーリ様にはそれまではご心配をおかけすることになりますが、その後はきっと、ラファエル様の機嫌も良くなると思います」
「良かったね。正式に婚約破棄されたら、俺に絶対に真っ先に教えてね。俺が一番最初に君にプロポーズしたいから」
「え? プロポーズって……」
意外な言葉に、学園に向かっていた私の足が止まる。
「君のことが好きなんだ。俺の婚約者になって欲しい……って今言っちゃダメか」
ユーリ様が照れたように頭を掻く。
「……あの、それはお母様に聞いてみないと……」
私は意外な言葉に、止まったまま真っ赤になってしまう。
ユーリ様が後ろを見て、慌てる。
「ここで立ち止まってたら、登校の邪魔になるから、行こうか?」
ユーリ様に背中を押されて私の下級学園の校門の中に入った。
「じゃあ、エミリアちゃん。婚約破棄が決まったら絶対に俺に一番に教えてね」
ユーリ様が私を見つめて照れたように笑う。
「は、はい、分かりました」
私は恥ずかしくて、ユーリ様とお別れして逃げるようにその場を離れました。
「ユーリ!」
私と別れたユーリ様に、同級生らしいせ男性が走って近づいて来ました。
「今、一緒にいた子は、まさか……!」
「……まあいいから。それより、お前と婚約者の事で近いうちにいい知らせがあるらしいぞ……」
あの人は、お友達でしょうか?
そのまま一緒に上級学園の方に行ってしまわれました。
◆◇◆
「婚約破棄しない!?」
お母様から届いた手紙に驚いてしまう。
あちらのお母様、エリザベート・ノルディス侯爵夫人が、息子のラファエルが絶対に婚約破棄はしないと応じないし、『私もマリアンヌちゃんの娘のお義母さんになりたいわ』と言っているそう。
お母様も、私とラファエル様が生まれる前からのエリザベート様との約束で、『エミリア、あなたを産むのに6年もかかったのよ』と手紙に書いてくる。
私を産むまで6年もかかって、お母さんが大変な苦労をなさった事は、ずっと以前から言われていたので知っています。
だから私も絶対にラファエル様と結婚すると思っていたのに……。
ラファエル様が私を嫌いなら、諦めるしか仕方がないわ。
エヴァンジェリン様と言う恋人もいらっしゃるのだし。
でも、婚約破棄に応じてくださらないのは何故なの?
学園の帰り道でエヴァンジェリン様に声をかけられた。
「ラファエルがあなたとの婚約破棄に応じなかったんですってね。でも、あなたを好きなわけじゃないのよ、エミリア」
「はい、それは分かっています。けど、なぜ婚約破棄してくださらないんでしょう?」
エヴァンジェリン様は私の返答に満足そうに笑みを浮かべる。
「ラファエルはね、あなたと婚約破棄して、お母様たちを悲しませたくないそうなの。あなたたちが産まれる前からの大事な約束なんでしょう?」
エヴァンジェリン様に言われてやっと納得がいきました。
お母様たちの気持ちが優先なんて、ラファエル様は、なんて優しいの!?
やはり、私の婚約者のラファエル様は思っていた通りの素敵な方です。
お優しいラファエル様に婚約破棄に同意してもらうなんて出来なかったんだわ。
「わかりました。私が一方的に婚約破棄します! 他に結婚したい方がいると言えば、ラファエル様も納得してくださるはずです」
「へぇ、入学してから二ヶ月もたっていないのに、もうそんな相手を見つけてるなんて、すごいわね。ラファエルが可哀想だわ」
「まだ、正式に婚約を申し込まれたわけではないですが、婚約破棄されたら教えて欲しいと言われたので、お願い出来ると思います」
ユーリ様には、ラファエル様との婚約破棄のご報告が出来ずに申し訳なく思っているのに、婚約破棄してくれない事についても相談に乗って頂いていた。
『婚約破棄したいなら、ラファエルの浮気現場を押さえるのがいいかもしれない。エヴァンジェリンと一緒の所を押さえられたらいいけど……押さえに行くなら、俺が一緒に行ってあげるよ』
『ありがとうございます』
というやり取りをした後だったのに、私が浮気をしていたって、逆の立場になってしまいました。
「私、今度、ラファエルと休日に二人っきりで出かける事になっているからちょうどいいわ。あなたと新しい婚約者が一緒にいところを、ラファエルに見せつけてあげましょう」
エヴァンジェリン様の提案に胸が痛んだけど、私は頭を下げた。
「あら、素直なのね」
「はい」
エヴァンジェリン様との話がついたので、ユーリ様にもお願いしに行きます。
「すみません。正式にラファエル様と婚約破棄してないのにこんなお願いをしてしまって。ユーリ様が無理なら他の方にお願いします」
「エミリアちゃんが真っ先に俺を頼ってくれたんだ、こんなに嬉しい事はないよ。このまま、婚約破棄出来たら、俺が正式な婚約者だよ。ちゃんとわかってる?」
「はい……ただ、お母様にお許しいただかないといけません。私は、ユーリ様との婚約は前向きに考えています」
婚約破棄への道が見えてホッとする。
なのに、帰り道で、涙が二、三度溢れた。
寮の部屋ではわんわん泣いた。
ラファエル様の事がずっとずっと大好きで、婚約破棄したくない理由を聞いてもっと好きになりました。
でも、だから。
大好きだから、婚約破棄します。
◆◇◆
婚約者が会いに来てくれたのに、追い返してしまった。
俺、ラファエル・ノルディスには婚約者がいる。
生まれる前から決まっていた婚約者は母の親友の娘。
ローゼン辺境伯の娘で遠くにいるからずっと会えなかった。
学園に入学してやっと会えると思った。
「ラファエル、ローゼン辺境伯家の子が呼んでるよ」
そう言われて、ドキドキして行くと、そこにいたのは男だった。
「お前が妹の婚約者のラファエルか、貧相だな」
婚約者の兄だと言うアラン・ローゼンが言った。
せっかく会えると思っていた婚約者に会えずに俺はショックだった。
けど、妹だと言うなら次の年には会える! そう思って楽しみに待った。
「ラファエル、ローゼン辺境伯家の子が呼んでるよ」
やっと会える婚約者だ!
「あなたが妹の婚約者のラファエル様ですか、冴えませんね」
また兄で次男のユリウス・ローゼンだった。
次が妹か……俺は待った。
「ラファエル、ローゼン辺境伯家の子が呼んでるよ」
やっと来た!
「貴殿が妹の婚約者のラファエル様か、もっと鍛えた方がいい」
また兄で三男のレオン・ローゼンだった。
次は……。
「ラファエル、ローゼン、呼んでる」
来た!
「ちーす! 妹の婚約者のラファエル様、女の子紹介して」
また兄で四男のフェリクス・ローゼンだった。
……。
「ラファ、ローゼ」
「あなたが妹の婚約者のラファエル様ですね、妹をよろしくお願いします」
また兄で五男のエドワード・ローゼンだった。
もう期待するのを辞めた。
「ラファエル、ローゼン辺境伯家の子が呼んでるよ」
「会うわけないだろう。婚約者なんて俺にはもう要らない!」
俺を呼びに来たユーリ・フォン・ベルンに大声で伝えた。
「え? いいのか、あんなに可愛い子なのに?」
ん?
ユーリの反応に後ろを振り返る。
下級学園の制服がまだ初々しい女の子が走っていった。
ガタッ
俺は立ち上がって追いかけようとした。
「ラファエル! どう言うことだ? 俺たちの妹のエミリアが要らないだって!」
アラン、ユリウス、レオンの婚約者の兄たちに捕まった。
◆◇◆
婚約者の兄たちに阻まれてエミリアを追いかけられなかった日から、エミリアには会えていない。
下級学園の一年生の教室に上級学園の三年生が行くのは、噂になったり揶揄われたりするからやめてる。
逆は問題ないけど、特に女の子なら困るだろう。
女子寮に直接聞くのも同じ理由で出来ない。
ただ、朝にユーリが下級学園女の子と話しているのを見てしまう。
まさかエミリアじゃないのかと思ったが、「まあいいから」と流される。
そして、「お前に近いうちにいい知らせがあるらしいぞ」と言う。
エミリアに会えるのか!?
その様子を見ていた同級生のエヴァンジェリンが俺に言う。
「ユーリは背が低いから下級学園の子といてもいいけど、ラファエルは背が高いから下級学園の子が目立って可哀想よ」
教室や寮には行かないつもりだったが、側にいるのもダメ!?
どうすればいいんだ……。
俺は学園のある王都に住んでいるから寮ではなく自宅から通っていた。
その日、家に帰ると、母上が怒って俺を待っていた。
「どう言うことなの、ラファエル! あなた、エミリアちゃんに何をしたの!」
会えてもいないのに、何も出来るはずがない。
「あなたに嫌われたから婚約破棄したいってエミリアちゃんが言ってるって、マリアンヌから手紙が届いてるわ」
「嫌ってなんていない! なんでそんな勘違い……」
って、兄たちのせいじゃないか……!
『会うわけないだろう。婚約者なんて俺にはもう要らない!』
あれが、俺の本心だと思われたんだ……。
わざわざ上級学園まで会いに来て、嫌われたと思ったら俺の為に婚約破棄しようとするなんて、なんて、良い子なんだ!
絶対に、この子を逃したらダメだ!
「俺は絶対に婚約破棄なんてしません! 母上、そう返事しておいて下さい!」
でも、学園に会いに行くのも、寮に行くのも、外で会うのもダメなら、どうやって誤解を解けばいいんだ。
兄たちに相談してみる。
「俺たちもエミリアには会えないんだ」
「は? なんで!?」
「『ラファエル様にお兄様たちみたいな面倒くさい兄がいると思われたら嫌われてしまいます』って」
「とっくに手遅れだろう」
「エミリアには学園では全くラファエルとは接点がないと言ってあるからな。俺たちのせいでラファエルが『婚約者なんて要らない』と言ったなどと知られたら大変な事になる」
「大変な事になってもいいから、誤解を解いてくれ」
「「「小遣いを減らされるから、嫌だ」」」
5人が声を揃えて言う。
「減らされろ! もういい、自力で解決して、お前たちの小遣いはなしにして貰えるように頼む」
「「「バカ、やめろ」」」
「……妹に謝るなら、まず俺たちを許して貰うためにプレゼントを持って行かないといけないな……」
「でも金がない」
「そうだ、今度の休日にエヴァンジェリンが婚約者に謝る時のプレゼントを探すのを手伝ってくれると言うから、お前らの分も俺が買うから一緒に来るんだ。エミリアに会えない事には進まないからな」
「ラファエル、ありがとう!」
「ついでに欲しいものがあるんだ」
「こんな兄なら会いたくないよな……」
◆◇◆
ユーリ様と約束した休日に待ち合わせの場所に行きます。
婚約者のラファエル様とエヴァンジェリン様も今日はお出かけするらしいです。
二人に私とユーリ様が一緒の所を見てもらって、私がユーリ様と婚約したいと言ってラファエル様との婚約破棄に同意していただきます。
ラファエル様は恋人のエヴァンジェリン様とご一緒ですし、婚約破棄していただけると思います。
ラファエル様が恋人といらっしゃる所など想像するだけで、悲しくて辛いですが、こうでもしないとお優しいラファエル様は嫌いな私との婚約破棄に応じてくださらないので。
「おー、可愛い子発見!?」
「フェリクス、大人しくしてろ」
「どこ行こうかな」
「まだ来ないのかアイツは?」
「お、ユーリ! なんでお前がいるんだ?」
待ち合わせ場所に、騒がしい5人組がいました。
どうして、お兄様たちが!?
ユーリ様が捕まってしまってます。
私は走ってその場から逃げました。
偶然、お兄様たちのも来ていたのでしょうか?
ユーリ様はアランお兄様と同じ歳だし、知り合いだったのでしょうか?
ラファエル様には絶対に近づかないでって言ってありますし、お兄様たちからは「近づいてない、俺たちの存在も知らない」と聞いてます。
だから、ラファエル様は無事だと思います。
でも、ユーリ様がいなければ、婚約破棄できません。
(なんでこんな日にお兄様が……入学してからずっと、会わずに済んでいたのに)
「どうかしましたか?」
私が困っていたら、心配して声をかけてくれる男性がいました。
「何でもないんです。知り合いの怖い男の人がたくさんいて会いたくなくて隠れていただけですから」
「怖い男の人がたくさんって、大丈夫じゃなさそうですけど。逃げるか、人を呼びますか」
「見つかったらしばらく離してもらえないだけだから、大丈夫です。ただ、知り合いが見つかってしまって……逃げられないんです。そのうちどこかに行ってくれると思うので、ここでそれまで待ってます」
「うーん、大丈夫かな? じゃあ、心配だから、俺も一緒に待ちますよ」
そう言って、男性が一緒に待ってくれます。
お兄様たちのいる方にさりげなく立って私を隠してくれたり、とっても気がつく優しい方です。
こんな人が私の婚約者になってくれたら、ラファエル様と婚約破棄しても辛くないのに。
婚約を申し込んでくれたユーリ様も素敵な方だけど、目の前の方を見てるとドキドキする。
恋するってこういう事なのかも知れない。
ずっと、会えない辺境でラファエル様のことを考えている時もこんな風にドキドキしたわ。
私はドキドキし過ぎて顔をちゃんと見れなかったけど、この後に別れたら二度と会えないから見なくちゃいけない気がした。
私より頭一つ分背が高いから、見上げる形になったけど、見上げた瞬間に息が止まりそうだった。
私のことを真っ直ぐに見つめていて、すぐに眼を逸らした。
さっきよりも、もっとドキドキしてきた。
でも、目が合って一瞬見つめた顔は何処かで見たことがあった気がする……。
目の前の男性に見つめられていると思うと、胸が高鳴り過ぎて、誤魔化すように何か話さなきゃいけない気がした。
「あの、ユーリ様とお知り合いなんですか? 以前に一度、ユーリ様とお話しされていたのを学園の校門の前でお見かけしました。あ、ユーリ・フォン・ベルン様です」
男性が息を飲んだ。
「ユーリの知り合いって? どんなご関係なんですか?」
「え、それは……」
なんて答えたらいいのか迷う。
婚約者の同級生? お兄様の同級生?
でも、婚約破棄を手伝って、私と婚約したいって言ってくださる方をそんな簡単な紹介で済ませていいのかしら?
ユーリ様は、婚約者ではないけど、婚約破棄出来たら、お母様には婚約したいと言うつもりだし……。
◆◇◆
「ユーリ様は私の、こ、婚約者です」
俺は、一瞬止まった。
ユーリの知り合いと聞いて、多分そうだろうと思っていたけど、やっぱり婚約者だったのか……。
俺は、がっかりしている。
青い顔で怖い男の人から隠れていると言っていたから心配しただけの相手なのに。
上級学園の校門の前で俺とユーリを見かけたらしいけど、俺は彼女のような人を見かけた事はない。
見たら忘れない容姿をしているから、ここ数ヶ月一緒の校舎に通うようになった一年生だろう。
ちょうど見た目も16歳くらいに見える。
つい見つめてしまったけど、俺には婚約者がいるんだ。
婚約者のエミリアは、絶対に手放してはいけない人だ。
この女性とユーリの婚約者でも、俺には関係ない。
絶対にエミリアに会って、俺が婚約破棄したいと思っているなんて馬鹿馬鹿しい誤解を解く!
ただ、今日はエミリアに会うためのプレゼントを買いに来たけど、本人に会うわけじゃないから、困っている女性を優先しただけで。
でも、ユーリの婚約者ならユーリに知らせた方がいいのか?
怖い男性に離して貰えないって、ユーリが聞いたら激怒する状況じゃないか……?
というか、怖い人達に捕まってる知り合いって……。
「ユーリですか? 怖い男の人たちに見つかった知り合いって」
「あ、はい。やっぱり、ユーリ様のお友だちだったんですね」
「どうして、ユーリはそんな怖い人たちに捕まってるんですか?」
「それは、怖い人と友達だからだと思います」
「え!? ユーリが!?」
友達って、どうなってるんだ?
「ちょっと、見て来ます」
「はい……」
通りを歩いて行くと広場になっている。
俺とエヴァンジェリンと、婚約者の兄5人と待ち合わせた場所だった。
「ラファエル!」
広場に出る前に声をかけられた。
「エヴァンジェリン」
「どうして、あなたの婚約者の兄が5人もいるのよ。二人だけって言ったでしょう?」
エヴァンジェリンは怒った様子だった。
今度の休日に婚約者に謝る時のプレゼントを探すのを手伝うと言ってくれたのはエヴァンジェリンだが、二人だけでとは聞いていない。
「アランたち兄5人も、妹のエミリアに謝る必要があると言うから、君がアランたちの分もプレゼントを選んでくれないか」
エヴァンジェリンの顔が引きつる。
「なんで私が、そんなことしないといけないのよ!」
頼んでもいないのに、婚約者に謝るためのプレゼントを買いについて来てくれると言うから、親切なのかと思ったが、違うのか?
◆◇◆
エヴァンジェリン様がいます。
私を心配してくれた男性がユーリ様を心配して、私の兄たちに捕まっている広場を見に行こうとしている時でした。
広場の一歩手前の場所でエヴァンジェリン様に声をかけられています。
あの男性はユーリ様の友達で上級学園の三年生だから、エヴァンジェリン様とも同級生だと思うけど……。
今日のエヴァンジェリン様は私の婚約者のラファエル様と二人っきりで出かけているはずですけど、今はラファエル様はいないみたい……。
なぜ、ラファエル様と一緒じゃないのでしょう?
ラファエル様の顔を私は知らないけれど、後ろ姿なら見た事があります。
あの男性と同じ髪色で、髪型も……あれ?
同じ髪型です。
……。
……え?
あの人が、ラファエル様!?
嘘!? 素敵な方に違いないとは思っていたけれど、こんなに素敵な方だったの!?
私の顔が真っ赤になる。
さっきまでそこにいて、私にとても優しくしてくれました。
どうしよう、ますます好きになってしまいました!
あんな素敵な人が本当に私の婚約者なんですか!?
あ、でも、婚約破棄しないといけないんでした……。
私の事は、婚約者だと気づいていないから優しくしてくれただけで、ラファエル様には婚約者なんてもう要らないんです。
さっきユーリ様の事を婚約者だと嘘を言ってしまったけど、婚約破棄するのだから嘘じゃないんです。
ちゃんとラファエル様に言わなければ!
お兄様の事も、ラファエル様に会わせたら嫌われてるしまうと思ったけど、嫌われてたいんですから、このまま一緒にユーリ様を助けに行ってもらって、ますます嫌われて婚約破棄します!
そう、思うのに……足は動かない。
本当は婚約破棄なんてしたくないのに。
嫌われていてもいいから、婚約者のままで、ずっとそばにいたいです……!
◆◇◆
エヴァンジェリンにあってユーリの様子を見に行けないまま振り返ると、ユーリの婚約者が手で顔を覆って泣いていた。
な、なんでだ!?
一人になって不安になったのか?
俺が戻ろうとすると広場の方から声がした。
「ラファエル、遅いぞ!」
「何時間待たせるんですか、妹にこんな事をしたら許しませんよ」
「ユーリが、なんか面白い事言ってるんだけど」
婚約者のに兄たち——面倒な奴らに見つかった。
エミリアが婚約者の俺に会わせたくない気持ちも分かる。
なのに、なぜ会いに来たんだ?
泣いているユーリの婚約者が心配なんだが……ん、ユーリ?
見ると、婚約者の兄たちに囲まれて、ユーリが疲れた顔をしている。
どっちに行こうか迷ってるうちに、ユーリの兄たちが俺のそばまで来ていた。
「あ、エヴァンジェリン!」
婚約者の兄たちに声をかけられても、エヴァンジェリンは冷たく無視してる。
俺も無視したい。
けど、ここで無視したらユーリの婚約者に迷惑がかかりそうだ。
ユーリが捕まっている事から、ユーリの婚約者と俺の婚約者の兄たちは知り合いで怖い人と呼ばれている。
会ったら離してくれないって、あんな可愛い子に何やってるんだ、コイツらは!
あの子は、妹じゃないんだから——!
——あれ?
妹、なのか——?
「あれ、なんでエミリアが……泣いてる!?」
兄の一人がユーリの婚約者に気づく。
エミリアと妹の名前を呼んでいる……。
「「「エミリア!!」」」
妹の方に、兄5人が走って行く——。
◆◇◆
「「「エミリアーー!!」」」
嫌な声が聞こえて来ました。
ラファエル様の事だけずっと考えていたいのに、いつもそばに来て邪魔をする人たち。
広場から出て来た兄たちに私は囲まれていました。
「なんで泣いているんだ、エミリア」
アランお兄様が私を抱き上げます。
「ずるいぞ。俺がエミリアを抱っこしようと思ったのに」
「順番だ、順番!」
「後になるほどエミリアの機嫌が悪くなるから年齢順は嫌なんですよ!」
分かってるならやめてください、エドワードお兄様。
「じゃあ、僕は最後に広場にあったカフェでエミリアにケーキを食べさせます」
「それは俺がやろう」
「いえ、私が先なので、私が」
それでも私は抵抗しない。
黙って、兄たちの気の済むまで抱っこされてた方が早く終わります。
「俺たちの可愛い妹を泣かせた奴は誰なんだ! 見つけたらただじゃ置かない!」
でも、泣いているところを見られてしまったので、今日は長くかかりそうです。
泣いていたのはラファエル様と婚約破棄しなければいけないのが悲しいからです。
ラファエル様に嫌われてしまったのだから仕方ありません。
仕方のない事なのに、お兄様たちに言えば、ラファエル様が恨まれてしまいます。
だから、泣いてる理由など言わずに、お兄様の気の済むまで抱っこされているしかありません。
とっても嫌ですけど!
「お前たち、エミリアが嫌がってるだろう」
アランお兄様から、私を引き離す手があった。
気づくと、私はラファエル様の背中に守られていた。
「なんだ、ラファエル、婚約者だからって、俺たちからエミリアを引き離せると思うな!」
「「「そうだ、そうだ」」」
お兄様たちが、悪役っぽいセリフを言っている。
でも、やっぱりこの方がラファエル様だったんだ。
ん?
ラファエル様だったら、なぜ、お兄様たちと知り合いなの?
「お兄様たち、ラファエル様には会わないって約束でしたよね?」
私はラファエル様の背中越しに、お兄様達に声を掛けた。
お兄様達がビクッと戦慄するのが分かった。
「会っていたんですか?」
私が冷たい声で聞く。
「エミリア、実はその事なんだが、君に謝りたい。全部、誤解だったんだ……」
ラファエル様が私に向き直った。
そして、婚約者をいらないと言った理由を話してくれた——。
「お兄様達のせいだったんですね」
お兄様達が広場の前に並んで正座していた。
路地だと通行の邪魔なので移動して来た。
「悪気はなかったんだ」
「悪気が無いから困るんです!」
「悪いと思ってないから反省しないんです。もう、お母様に言いますから。私が婚約破棄したいと手紙を何度も送って、親友のエリザベート様との約束が守れそうになくなって、とてもお辛い思いをされていたと思います。きっと、お兄様達には重い罰がありますね」

お母様は親友のエリザベート様との子供同土を結婚させようという約束のために、毎年子供を産んで6年目にやっと女の子を産んだ方なのです。
この婚約にかける執念が違います。
私が生まれて性別がわかる前には、「女の子じゃないなら、子供なんてもう要らない!」と叫んだと聞いています。
私、女の子で良かった。
お兄様達が、どんな罰が下るのかと身を寄せ合って震えています。
その後、小遣いなしは当然として?ラファエル様の家臣となる事がお母様達によって決定した。
兄たちのことはお母様に任せるとして……ユーリ様のことです。
ラファエル様には婚約者だと言ってしまったけど、ユーリ様にも婚約破棄されたらお母様にユーリ様を婚約者にして欲しいと紹介するつもりだったので、完全に嘘というわけではなくて……。
「エミリアが僕の気持ちを考えて行動してくれたのは分かったから、ユーリとの婚約の事は怒ってないよ」
ラファエル様は優しく許して下さいました。
「でも、ユーリ様は私の都合で振り回してしまって……」
私がユーリ様に向かって謝ろうとすると、ラファエル様に止められました。
「ユーリ、君は俺がエミリアの兄たちに振り回されていたのを知っていたよな? それを隠して、エミリアに俺が婚約者を本当に嫌ってるように思わせて騙していただろう」
「しょうがないだろう、一目惚れで、エミリアちゃんの事を好きになっちゃったんだから」
ラファエル様は冷ややかな顔でユーリ様を見ている。
ユーリ様が最初に教えて下されば、こんなに長く勘違いはしなかったと思いますけど、エヴァンジェリン様が自分がラファエル様の恋人だと嘘をついていたから誤解した部分もあります。
ユーリ様がいて相談に乗ってくれたから誤解が深まらずにラファエル様にお会いできたのかもしれません。
「ユーリ様、私、ユーリ様のことが嫌いではないんです。でも、婚約するならラファエル様じゃないとダメなんです」
一緒にいてドキドキするのはラファエル様だけだから。
「うん、しょうがないないよね。騙してごめん、俺のこと許してくれてありがとう」
ユーリ様は帰って行かれました。
きっと、ラファエル様とはお友達のままですよね?
そして、エヴァンジェリン様はとっくに消えていました。
「婚約は同じ年頃の私とした方がいいに決まってるのよ、ラファエル。6歳も年下の子じゃ、キスだって出来ないじゃない!」
学園の卒業間近の三年生にもなって婚約者がいない焦りから、嘘をついてでもラファエル様と婚約したかったようです。
結局エヴァンジェリン様は20歳を超えても婚約出来ずに行き遅れと言われて、22歳でやっと婚約出来たそうです。
その頃にラファエル様と私がやっと結ばれたのは、別の話。
「エミリア、カフェに行こうか。なんのケーキが好きなの?」
正座してるお兄様達を置いて、ラファエル様とカフェに向かう。
自然に手がつながれていて、ドキドキしてしまいます。
やっぱり、私の婚約者は世界一、素敵です。
◆◇◆
「チーズケーキが好きです」
エミリアに合うなと思ったけど、たぶんなんでも合う。
手をつないだだけで赤くなって可愛い。
俺の心臓も跳ね上がる。
辺境の血筋のせいか、兄達と同じく背が高くて13歳なのに16歳くらいに見える。
見えても13歳だ。
『6歳も年下の子じゃ、キスだって出来ないじゃない!』
エヴァンジェリンの言葉が胸に刺さる。
後、2年!? 3年か!?
「美味しいですね」
チーズケーキを食べて幸せそうに笑う、エミリア。
嫌われないように、絶対に守ろうと思うけど、エミリアの持つフォークの行き先が気になって仕方なかった。
15歳までキスするのを待って、エミリアが学園を卒業して結婚するまで、何かをずっと我慢していた。
ただ、その価値があったことを、妻と子供たちに囲まれて、微笑みながら振り返る。
「ラファエルが、あの時、婚約破棄を許してくれなくて良かった」
エミリアも昔を懐かしんで微笑む。
今でも俺は、永遠にエミリアが離れる事を許すつもりはなかった。




