第0話 【魔王の独白】
その女は人間だった。
唯の人間だった。
小さな辺境の村で生まれ、流されるように生き、死んでいく運命にあった。
しかし、そんな女の世界は脆く儚いものだった。
ある日、長年魔物の大繁殖を抑えていたダンジョンが人間によって攻略されたのだ。
溢れ出したモンスターが周辺地域へ壊滅的被害を与えた。
『財宝』と勘違いし、モンスターをダンジョン内へ誘引するための魔導具を地上へ持ち出したらしい。
とある国を半壊させた大事件。
慰霊碑にすら名を残さず、女の故郷は消え去った。
そんな女が生き残ったのはたまたまだった。
その日暇を持て余した俺は、現地の調査に参加していた。
モンスターは人間側だけでなく、魔族の領土側にも雪崩れ込んでいたのだ。
被害は最小限にとどめたが、失敗すればどうなっていたか。
その最悪のケースを調査するためにも、人間側の被害状況を把握するためにも、俺が直接現地へ赴く必要があった。
そんな中で出会ったのが、その女だった。
壊滅した村の中心で、魔物に囲まれている。
しかし、魔物は何故か女を攻撃せず、女も魔物を気にせず何か考え込んでいる。
正直、怪しさよりも好奇心が勝った。
俺は魔法で魔物を一掃し、人間の女に話しかけた。
まともな返事が返ってくるとは考えていない。
人間は魔族を嫌うが、魔族から人間への感情はフラットである。
これは歴代の魔王が誰一人欠けず、勇者を撃退した成果とも言える。
魔族が人間の実物と出会うことはまずない。
いくら相手が敵意を向けて来ても、国境には魔物の住む山々が存在する。
遠くの人間より身近な魔物の方がよっぽど怖い。
もちろん、魔族の住む地域でも一部人間による被害は報告されている。
ただ、それは災害のようなものだ。
滅多に起こることはないし、数年もすれば誰も覚えていない。
一市民としては、ただ遠くの出来事でしかないだろう。
女はペラペラ話し出した。
名前、年齢、身長、体重、好きな食べ物、趣味、生まれてからこれまでどう生きてきたか。
それに興味を示さない俺の様子を見て、彼女は話題の方向性を変えてきた。
馬よりも速く動き、多くの人々を運ぶ乗り物のお話。
竜よりも強く素早く飛ぶ兵器のお話。
空のその先にある無限に広がる闇と星々のお話。
剣と魔法を操り、魔王を倒す勇者達のお話。
魔王が勇者と料理バトルするお話。
魔王と勇者の精神が入れ替わり、四苦八苦するお話。
魔王が勇者と世界を半分こするお話。
魔王がツルハシを使って勇者を撃退するお話。
魔王が勇者になって魔王を倒す旅に出るお話。
魔王が……
そして、気付けば日が傾いていた。
彼女には不思議な魅力があった。
誰も知らないような物語をたくさん知っていた。
俺は暇が嫌いだ。
だから、そんな荒唐無稽の御伽噺をペラペラ話し続ける女を側におきたくなった。
ついでに部下達からのお見合い話が鬱陶しいため、偽の花嫁として迎え入れた。
反対する声も多いがそんなことより、暇を潰せることが大事だった。
『魔女と魔獣』の続きが気になって仕事に手が付かない。
そう
全ては偶然だ。
だから…
彼女が『 "神降しの魔法" 』を行ったことも偶然だった、そのはずだ。
"人間が魔法を使えるはずがない"。
ましてや魔王レベルの者が命を犠牲にしても成功するはずがない奇跡、それが『神降ろし』だ。
その日から彼女は変わった。
変化は劇的なものだった。
底の見えない膨大な魔力。
破壊神にはあったとされる漆黒の翼。
魂を引き寄せるようなオーラ。
俺とそっくりな赤い瞳。
それは既に俺の愛した妻の姿ではない。
彼女はもういないのかもしれない。
それでも、いつもと変わらず彼女は俺に物語を聞かせてくれる。
なんであんなことをしたのか、彼女は語らないし私も聞かない。
このままでいい、この日々が続くならそれで良い。
良い事もあった。
人間である彼女との婚姻に否定的だった者が皆、掌を返したのだ。
「破壊神の血統」「膨大な魔力」「魔族は安泰」「御美しい」「親族はいない」「御しやすい」「魔王に相応しい」
そんな心の声が聞こえてくるようだった。
人員整理は必要だろう。
俺は、俺達は短い期間で多くの出来事に出会いすぎた。
だから、少しのノイズもあって欲しくない。
ただ、安寧が欲しかった。
静かに彼女の物語が聴きたかった。
しかし、運命の神は小さな安らぎも赦しはしないらしい。
時々 "彼女が何もない場所へ話しかける" ようになったのだ。
そして、その頻度が増えていく。
しまいには、彼女とは明らかに異なる人格が表に出始めた。
俺は妻を問い詰め、彼女は答えた。
「この子は私達の娘よ」
彼女が使った『神降しの魔法』は文字通り神をその身に下ろす魔法である。
もちろん、そんな事をして下ろした側の身体が無事であるはずがない。
しかし、妻は魔法に手を加え、その問題を解決した。
自分の全てを対価にし、その身に下ろした神を自分の子として『再誕』させる。
正気の沙汰ではない。
魔法を司る一族の王 である俺が断言する。
『対価が見合っていない』
神に干渉出来るほどの "価値" がたった一人の人間にあるはずがない。
魔族にすらあるはずがない。
魔王である俺の全てを捧げても無理だ。
それこそ『 "同格である神" 』を対価にしなければ、神を改変するような魔法は発動しない。
しかし、現にこの魔法は発動してしまっている。
俺は400年生きた人生において、初めて無力感を味わった。
彼女はこれから徐々に失うだろう。
身体を。
記憶を。
魂を。
そして、それらはすべて娘となる破壊神のものになる。
「ふざけるな!!」
彼女の声も温もりも眼差しも俺のものだ。
いくら破壊神だろうと捧げねばならぬ謂れはない。
「これは必要な事だったの。それがこの世界を■■■■私の責任だからね。まあ、まだ残りの時間はあるから暫くよろしくね」
俺は仕事を全て投げ出した。
残り少ない妻との時間を無駄にしたくなかった。
最近生み出したダンジョンへ逢引きをし、たまに現れる赤子のような人格の妻をあやす。
娘の人格と話すと実感する。
この子は昔の私にそっくりだ。
なんでもできる故に、何に対しても価値を感じない。
暇を持て余すガキだった過去の自分を。
400年近くあった私の幼少期は、この数年のためにあったのだろう。
妻の好きだったこの世界物語を聞かせる。
妻の好きだった魔法を見せる。
私が好きな妻の物語を聞かせる。
娘の好きなヌイグルミを作る。
娘の好きな食べ物を作る。
どうかこの世界を好きになってくれ、パパも母さんもお前を愛している。
だから、笑っていてくれ。
私は初めてパパと呼ばれるようになり、新たに息子も生まれた。
そして、彼女はいなくなった。
最愛の娘と息子を残して。
†
いい、■■。貴方はとても強くて賢いわ。だから、脆弱な世界は貴方の目に無価値なものとして映るのでしょうね。
…。
でもね。それは貴方が『価値』を探す努力をしていないからよ
『価値』?『努力』?
この子を見てみなさい。
これが貴方の弟よ
?
今のこの子は貴方にとって何の "価値" もないかもしれない。
だから、試しにこの子に "価値" を見つけてみなさい。
…。
お姉ちゃんというのは弟の『お守り』をするものよ。
だから、これは約束。
この子をお願いね。それだけよ。
おかあさん
じゃあね




