2話 うちの弟は修行したいらしい
俺、大地に立つ。
1歳になった俺は『立つ』という行動に苦戦していた。
いくら前世の知識があるからといっても、生まれて一度も立ち上がったことがない赤子ボディだ。
筋肉が足りない。
前世で読んだ小説に出てくる転生者の先達たちは、全員『立ち上がる』チート能力をもらってるに違いない。
それくらい前世と異なる重心で立ち上がるのは難しかった。
それに問題はこれだけではない。
「転ぶと危ない」
俺が立ち上がる練習を始めると、どこからともなく姉さんが現れ、魔法でベッドに戻されるのだ。
まるでスネークなゲームみたいである。
しかも監視難度は超ハードモード。
赤ちゃんだからまだ喋れない。
しかし、姉には言葉は不要らしい。
腹が減れば、姉とミルクが空から舞い降りる。
便意をもよおせば、排泄物はどこかへワープしていく。
眠くなれば、姉のヌイグルミ達が優しく受け止め、姉が子守唄を口ずさんでくれる。
これがバブみというやつなのか?
10歳にも満たないだろう幼女に?
普段の姉さんは無表情無口のクールガールだ。
しかし、俺の世話をしている時は、表情が柔らかく口数も普段より多いらしい。
俺が前世の記憶を持ってなかったら、姉を母親と勘違いしたことだろう。
あと、確実にマザコンになってた。
だから、俺は独り立ちする必要がある。
赤子とは言え、俺は転生者だ。
前世を加えたら当然姉さんの年齢を余裕で超える。
いつまでも姉離れできないと転生者としての沽券に関わる。
だからここ数日は、バレないように気配を消してベビーベッドから抜け出し、テーブルを掴んで立ち上がるコソ練をしているのだ。
幸い姉に散々魔法をかけられたおかげで、立ち上がるより先に『空を飛ぶ魔法』が使える。
音を立てずに移動するのは得意だ。
魔法使いの標準的な成長速度は知らないが、1歳?で空を飛べる俺は天才に違いない。
神様に会ったりはしていないが、これが俺のチート能力だろうか?
原作では、主人公たちの周りで魔法の使い手が現れなかった。
出てきた魔法といえば、『魔物』が使う原始的なものと『魔王』が操る殺意の高い魔法だけだった。
今から鍛えれば魔王には及ばずとも、10年後にはその辺りの魔物を倒すくらいの魔法使いにはなれるだろう。
ただ、せっかく "破滅のロンド" に転生したんだから、剣も扱えるようになりたい。
勇者をはじめとしたプレイヤーキャラクターはみんな個々の得意武器を振るって戦う。
いちファンとしては、当然彼らのようにカッコよく戦ってみたい。
ああ、魔法で剣を操って戦うの良いかも!
両手も塞がらないし、遠距離攻撃ができるなら子供の俺でも戦えるだろう。
幸い『自分の身体を浮かせる魔法』は習得済みだ。
これを応用すれば、物を浮かべることもできるかもしれない。
†
「で……できてしまった」
俺の目の前で浮かび上がる『石』と『ビーバー』。
《わかぁ、やめてよお。アタシは地に足つけて生きてきたいの》
空中でジタバタ泳ぐビーバーをゆっくり下ろしてやる。
《若のバカ、アホ、オタンコナス!》
彼女は俺の近くへ駆け寄り、抗議の声を上げる。
びっくりして毛が逆立ってしまっている。
俺は優しく彼女を撫でる。
「ごめんごめん。まさか一発で成功するとは思わなかったんだよ。ほら、いっぱい撫でてやるから機嫌直してよ」
《うぁああ、若はバカだけど大好き。また高所から突き落としてもいいから、もっとアタシを撫でろ》
確かに『浮遊魔法』で浮かべたり、下ろしたりしたが、突き落としたりはしていない。
人聞きが悪い言い方はやめてほしい。
このDV彼氏に依存した彼女みたいな生き物は、 "ビーバー" である。
以前、姉さんがお土産として連れて帰ってきたペットだ。
正直、前世と全く異なる世界だと思っていたため、前世にも存在した普通の動物がいると親近感が湧いてくる。
これもひとつのアニマルセラピーだろうか?
転生なんて非現実的な経験をしたのだ。
自覚症状はなくても、ストレスが溜まっているかも知らない。
とはいえ、ビーバーなんて前世では動物園で見たくらいなものだ。
それも人の言葉を喋るビーバーなんて普通じゃない。
ただ、あの "姉" が連れてきたビーバーだ。
・魔法で喋れるようにした
・突然変異の個体を保護した
・この世界のビーバーは喋れる
……どれもありえるだろう。
答えは分からないが、姉さんからのプレゼントだ。
いつも一人で積み木遊びをしている俺を可哀想に思ったのだろう。
【転生したら最初の友達がビーバーな件】
ラノベのタイトルにありそうだ。
案外、この世界は二次創作世界だったりするのかもしれない。
「バモ、もうちょっと俺の修行に付き合ってくれる?」
《もちろん、若ならなにしても良いよ!》
バモというのは姉さんが付けたこの子の名前だ。
抱きしめてくるバモを『浮遊魔法』で引き離す。
俺の友人はスキンシップが激しい。
なぜこんなにも好感度が高いのか。
まあ、これがビーバーの通常運転なのかもしれないが。
†
俺が1歳で使えるようになった魔法は、
『浮遊魔法』
『清潔魔法』
『休息魔法』
『満腹魔法』
『安寧魔法』
の5つだ。
何か偏っているように見えるが、その原因も姉にある。
俺が今使える魔法は姉が使った魔法だけだ。
『浮遊魔法』は小さな姉が俺を持ち運ぶときに使っている。
だから、完璧に覚えてしまった。
他の4つは姉がバモに使う場面を度々見るから覚えた。
俺が現代人だから、異世界の衛生観念に耐えられず覚えたわけじゃない。
むしろ、家は姉さんがこの魔法を覚えているおかげでめちゃくちゃ綺麗だ。
バモも焼きたてのポップコーンみたいな匂いがする。
美味しそう。
バモがあまりにも気持ち良さそうな叫び声を上げるため、俺も姉さんにこの魔法をねだったことがある。
……オムツしてて良かった。
1歳じゃなければ許されなかったかもしれないが、俺は赤ちゃんなんだから仕方ない。
粗相も個性だ。あいでんてぃてぃだ。
そんなことより修行である。
まだまだ1歳の身体だとできることは少ない。
そう考えた時、剣の素振りや筋トレで鍛える修行は無理。
自然と今でも使える『魔法』を伸ばす方向が良いだろう。
先人たるラノベの転生者達も幼少期は魔力を使い切ることで、筋トレのように保有魔力量を増やす修行をしていた。
修行方法が手探りの現状だと、試す価値は大きいだろう。
普通、原作知識があるなら、主人公達がやった修行方法を試す手もあるだろう。
しかしこのゲーム、開始時点で勇者達は既に "レベル999" の天井状態だ。
オープニングで魔王を倒し、カンストした状態なのである。
無双ゲームであり、シミュレーションゲームでもあるため、育成という概念が存在しない。
あったとしても、本編には魔法の "魔" の字も出てこない。
使い方や鍛え方なんて微塵も分からないのである。
最終手段として、『魔法を姉さんに教えてもらう』という手段もなくはない。
しかし、これは本当に最後の手段としたい。
理由は多々ある。
姉さんが 口下手であること や、天才肌だから教えるのが下手そう というのもある。
それを差し置いてもやりたくない理由がある。
俺はそもそも独り立ちしたいのだ。
自分でも転生後は姉さんに依存気味であることを自覚している。
頼めば姉さんは全力で教えてくれるだろう。
おそらく『俺が転生者であり、世界が後10年で滅ぶから助けてほしい』とお願いすれば一緒に戦ってくれるだろう。
そして、
純粋な姉さんは悪い大人に騙されたり、凶悪な厄災魔獣の足止めで帰ってこなくなったり、魔王に遊び半分で殺されてしまうかもしれない!!
そんなの絶対嫌だ。
姉さんが死ぬぐらいなら俺が死ぬ。
娼館への潜入捜査だろうが、命懸けの足止めだろうが、玉砕覚悟の時間稼ぎだろうがやってやんよ。
というわけで、姉さんには頼れない。
俺は俺の力だけで世界を救い、姉さんとついでに親父も救う。
幸い『魔法の才能』らしき転生特典?チートもある。
10年あれば、魔王を一発ぶん殴るくらいできるだろう。
俺が介入するべき原作イベントは、
1.世界滅亡の儀式
2.厄災魔獣のホームタウン襲撃
3.勇者の村襲撃イベント
4.チート武器の早期取得
最優先は『世界滅亡の儀式阻止』。
最悪この目的だけでも達成できれば問題ない。
ここだけは絶対死守だ。
次点で『厄災魔獣のホームタウン襲撃』。
まさかシミュレーションゲームで、拠点が滅ぼされてメニュー画面すら開けなくなるなんて思わなかった。
ゲームリリース初期はバグだ初期不良だと炎上したが、運営が仕様だと断言したため、この世界でも相当高確率で発生するクソイベントだろう。
厄災魔獣は世界の癌だ。
こいつらが生きているだけで、世界ではあらゆる悲劇が今も起きている。
それに保有魔力量がバカ高い。
ゲームでも早期に討伐できればかなり猶予期間を手に入れられる。
さっさと倒して魔力に変換するのが定石だ。
問題はあの巨大なのに居場所が分からないことだ。
強力な魔法が使えるため、『変身魔法』や『隠蔽魔法』で姿を隠せるのだろう。
あんな怪物が小さくなって街に潜り込んでいる可能性を考えるだけでゾッとする。
ただ、そう仮定するといきなり拠点が壊滅する理由も説明できてしまうのだ。
一時期『厄災魔獣の通常時ケモ耳娘説』が流行り、擬人化イラストが流行ったものである。
変態どもめ、お世話になってます。
一応、この世界には人間と魔族以外は存在しない。
だから、一般ケモ耳娘は存在しない。
この世界のケモ耳娘はすべからく、寝返り一つで都市を滅ぼせる厄災魔獣か、コスプレイヤーである。
魔族自体もゲーム中には魔王しか出てこない。
とうの昔に滅んだのか、世界に絶望した魔王が真っ先に贄として破壊神へ捧げてしまったのか……。
世界の崩壊を防げれば分かることだろう。
"破滅のロンド" が現実になったことで、ゲームでは描かれなかったあれやこれやも見れるかもしれない。
……かなり魅力的な話だが、それも世界滅亡を阻止しないとどうにもならない。
あの腐れイカれ魔王が全ての元凶だ。
さっさと倒して、姉さんと異世界スローライフを満喫する。
それがこの世界に転生した俺の最終目標だ。
最難関は『勇者の村襲撃イベント』。
これは実質阻止不可能だと思う。
いつ発生したイベントなのか原作の描写からは分からないのだ。
おそらく原作の7,8年前だと推測されているが、場所すら分からない。
ただ、それが正しい場合でも俺の年齢的に介入したところでどうにもならない。
今の俺では、イベント発生時点の少年勇者にすら勝てないだろう。
あの村には元軍属やら冒険者といった腕利も普通に住んでいた。
それでも勇者を残して全滅したのだから、この世は非情である。
それもこれも鬼畜外道なゲーム原作者のシナリオ通りなのだ。
逆に最も簡単なのが『チート武器の早期取得』だ。
これが一番達成が楽であり、儀式を防げなかった場合の最終手段でもある。
サイショ村さえ見つけられれば、こっちのものである。
ただ、もうこの世界はゲームではない。
だから、ゲームではデバックアイテムとして残されていた『漬物石』が存在するとは限らない。
無い前提で進めるくらいの覚悟が必要だ。
期待し過ぎると裏切られた時の反動が辛いからな。
これからもサイショ村がどこにあるかは探してみる予定だ。
親父は多分貴族か何かだと思う。
最近偉そうな大人達が部下として、家にやってきていた。
親父の力を借りればなんとかなるかもしれない。
というか、俺が家だと思っていたものがただの部屋であり、街だと思っていたものが屋敷と使用人の館だったらしい。
最近、姉さんとの会話で知った。
うち、めちゃでかいかも。
アニメでしか見たことがないようなバカみたいに場所をとっている系屋敷である。
ただし、親父は公私をしっかり分けるタイプらしい。
父は子供達用の家、仕事も絡む屋敷、職場の3つを行き来しているらしい。
どおりであまり顔を見せに来ないわけだ。
あれだけ親バカな親父だが、他にも奥さんがいるのだろうか?
なんか、それは嫌だなぁ。
子供の視点で見るとハーレムって普通に嫌だな。
でも、転生者になったからにはモテモテハーレムライフを目指さないとな。
まあ、まだ俺は1歳だ。
未来のことは未来の俺に任せれば良い。
今は未来どころか、大人になれるかすら分からんからな。




