表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍脈の子  作者: キタノユ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/32

第六話 龍気灯

 流れる重苦しい「間」に、無邪気な少年の声が横切った。


「火があればいいんだろ? おっちゃん、一緒に行こうぜ」

 手にした模型を床へ置いて立ち上がり、千里は渓舟の袖を引いて勝手口から外へ連れ出した。


「ボウズ、どこへ行くんだ」

 渓舟は千鳥足で文句を垂れながらも、寒風吹きすさぶ裏手の岩場へと出た。

 朗月と従者たちも続く。


 辿り着いたのは、切り立った崖と川の境目。

 湿った苔と、黒ずんだ岩肌が露出しただけの、何もない荒れ地だ。

 そこだけぽっかりと、穴を掘ったように雪が積もらず溶けていた。


「寒いだけじゃねえか。酒が抜けちまう」

 渓舟が身震いをして背を丸める。

 千里の目には、崖の裂け目から青白い光の粒子りゅうしが、糸のように細く漏れ出ている様子が見えていた。


「このあたりの石がいい」

 千里はしゃがみ込むと、崖下に転がっていた握り拳ほどの黒い石を拾い上げた。

 龍脈から漏れ出る龍気を浴び続け、結晶化している。


「見ててよ」

 千里は、辺りを見渡し、太い龍脈が交差する岩場の裂け目に、その石を放り込んだ。


 乾いた破裂音と共に、視界が白く染まった。


「うおッ?!」

 渓舟が腰を抜かして雪の上に尻餅をつく。


 黒い石を核にして、青白い炎が間欠泉かんけつせんの如く燃え上がっていた。


「な、なんだこれは……?!」

 渓舟は、顔を覆った指の隙間から、信じられないものを見る目でその炎を凝視した。


「このへんの石は、光を吸い続けてパンパンになってるんだ」

「光?」

 渓舟は赤ら顔に疑問符を浮かべつつも、千里の説明へ前のめりになっている。


「で、光が集まってるところに置くと、こうやって火がつく」

 千里は焚き火にあたるように、平然と青い炎に手をかざした。


 渓舟は「光が集まる?」と呟きながら、足元に視線を巡らせている。

 千里以外には、ただの泥濘しか見えない。


「これなら、薪はいらないだろ。燃え続けるし、明るいし、あったかい」

 千里は川辺に向かって、目の奥に力を込めた。

 湿地帯のあちこち、川の中にまで、いくつかの太い龍脈の交差路が点在している。


「光が集まってる場所、おれが教えてやる」

 千里は足元に落ちている、結晶化した石を拾い上げ、渓舟の手に渡した。


 渓舟は、わななく手で石を受け取った。

「光ってのは俺にはよく分からんが……かく、こいつと同じ石を集めて、ボウズの言う場所に放れば、良いんだな」

「うん」


 瞬間、渓舟の落ち窪んだ眼窩がんかの奥で、燻っていた残り火が爆発した。

 錆びついていた技術屋の頭脳が、凄まじい速度で算盤そろばんを弾き直していく。


「……燃料費は、タダ。明かりがあれば、夜通し交代で掘り進められる……工期は半分に縮まる。工費も、これなら……」

 渓舟が、顔を上げた。

 泥酔の濁りが消え失せ、技術屋の狂おしいほどの情熱が戻っている。


「図面だ! 新しい図面を引くぞぉお!」

 興奮した渓舟が、若返ったような足取りであばら家へと駆け戻る。


 叫び声を聞きつけ、死んだように静まり返っていた村が、わらわらと動き出した。渓舟から指示を受けたのか、女房や子どもたちが手に手に竹籠を持って、岩場へと集まってくる。


「わ、な、なんだ??」

 大騒ぎだ、と千里は呆気に取られた。

 開けっ放しの勝手口からあばら家の中を覗き込む。


 先ほどまでの、酒に濁った目をした男の姿は、どこにもなかった。

 邪魔だと言わんばかりに、愛でていた酒甕を乱暴に足で押し退け、卓に齧りついている。


 震える手で筆を握り、憑かれたように紙の上を走らせていた。

 乱れた髪を更に振り乱し、ブツブツと数字を呟くその背中からは、もはや酒の臭いではなく、焦げつくような執念の熱気が立ち昇っていた。



 渓舟が鬼気迫る勢いで図面を引き直している間、千里は朗月や従者たちと共に、広げられた村の周辺地図と睨めっこを始めていた。


「ここと……、あと、川のあの曲がってる場所」

 千里が指差す先を、紅英が筆で追う。

 千里の目に視えている龍脈の交差点や、龍気の漏出点を、正確に地図上へ落とし込んでいく作業だ。


「俺たちにはさっぱり見えんがな」

「うむ……」


 蒼嶽や紅英らが首を傾げる中、白葉だけは複雑な面持ちで千里を見つめていた。

 術者である故に、その異能の稀少さを誰よりも理解できるのだ。

 悔しさと、それ以上の感嘆が入り混じった溜息が漏れる。


「――あのさ」

 作業の手を止め、千里が切り出した。


「地図だけじゃなくて、目印がいると思うんだ。こういう……」

 千里は身振り手振りで形を伝える。


「こう、行燈あんどんみたいに細長い囲いを作って、その中に石を入れて……」

「それはいい趣向だ。さながら『龍気灯』とでも呼ぶべきか」

 朗月が目を輝かせた。


「となると、燃えない素材……鉄を打ってもらわねばなりませんね!」

 紅英が膝を打って立ち上がる。


「近隣で鍛冶屋を探して参ります!」

 言うが早いが駆け出した紅英の背中へ、「報酬は弾んでやってくれ」と朗月が声をかける。

 治水工事と共に鉄を打つ槌音つちおともまた、村々に活気を呼び戻すことだろう。


 そうしているうちに、

「書けたぞ!」

 と、渓舟が図面を掲げてあばら家を飛び出してきた。


「見せてもらえるか」

 朗月は渓舟が書き上げた新たな計画書に一通り目を通すと、満足げに頷いた。


「素晴らしい。これなら――失敬」

 入れ違いに朗月はあばら家へ踏み入り、散らかった文机を借りると流れるような筆致で、その場で何通もの書状を書き始めた。


 宛先は、幽谷州の長たる現・州侯、そして北玄道の長である総督、さらには帝都・中央府の各部署を統括する責任者たちへ。

 朗月はさらさらと要件をしたためると、全ての書状の最後に力強く一文を書き加えた。


 本件に関する一切の責任は、朗月にあり――と。

 懐から取り出した私印に朱肉をたっぷりと含ませ、重々しく己の名に押し当てる。


「『朗月』……」

 背後で盗み見ていた渓舟は、唾を飲み込んだ。


「よし」

 全ての書状を書き終えると、朗月は従者たちを振り返った。


「私はこれより、州都を経由し、その足で道の総督府へ向かう」

「お供いたします」

 即座に白葉と蒼嶽が一歩進み出る。


「うむ。紅英はここに残り、千里の世話を頼む」

「御意!」

 紅英は威勢良く返事した後、戸惑うばかりの千里の肩へ、筋肉質な腕を回して引き寄せた。


「え、え??」

「さあて、ボクちゃんは、しばらくアタシとお留守番だよ」

 紅英は、親しみを込めて千里の頭をぐりぐりと撫で回した。


「放せよ! 世話なんかいらない! 山へ帰る!」

 千里は捕らえられた魚のように身を捩り、拘束から逃れようと手足をばたつかせた。


「馬もなしに、この雪道を戻るつもりかい。夜通し雪原を歩くことになってしまうよ?」

 朗月が、白馬の手綱を握りながら首を横に振る。


「う……」

 千里は唇を噛み、言葉に詰まった。

 勝手に連れてきたくせに、という反論は思い浮かばなかった。


 朗月は馬の首を優しく撫でながら、千里へ穏やかに目を細める。

「旬日(十日)もあれば戻る。それまでの間、千里。渓舟殿の元で治水の何たるかを学ぶといい」


「あぁ?」

 赤ら顔にシワを寄せ、素っ頓狂な声を上げたのは指名された当人の渓舟だった。


「俺は子守なんて柄じゃないが」

「先ほど、その子が部屋中の模型や地図を好き勝手にいじっていたが、渓舟殿は叱らないでいてくれたではないか」

「……ちッ」

 渓舟は、むずがゆそうに視線を明後日の方向へと逸らした。


 朗月はふわりと袖を翻し、舞うように白馬の背へと戻った。

 鞍の上から再度、千里を見つめる。


「千里。その逆も然り、だ。君がこの村のためにできること、渓舟殿の役に立つことを、考えてご覧」

「お、おれ、が……?」


 朗月は答えの代わりに、雪解けの水のように澄んだ微笑を残した。


「では、頼んだよ」

 短く告げると、足で馬腹を打つ。

 いななきと共に、白馬が土を蹴って駆け出した。

 続く白葉と蒼嶽も、一礼して主君の後を追う。


 鉛色の空を映した濁流が、凍てつく大地の裂け目を縫うように蜿蜒と彼方へ続いている。その先には州都があり、さらに遠くには北玄道の総督府が待つ。


 渓舟は、豆粒のようになった背中が見えなくなるまで、じっと動かずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ