第7話 小さな失敗
それは、事件と呼ぶほどのことではなかった。
祝祭に使われる予定だった装飾が、当日に届かなかった。
予定されていた来賓への対応が、少し遅れた。
それだけだ。
だが、王城ではそれが重なった。
「……以前は、こういうことはなかったな」
補佐官が、ぽつりと漏らす。
「担当が変わっただけだ。慣れれば問題ない」
王太子はそう答えた。
そう言わなければならなかった。
祝祭は、無事に終わった。
誰も責任を問われない。
けれど、残ったのは違和感だった。
控室で、王太子は報告書をめくる。
文字は整っている。
手続きも、規定通り。
それなのに、どこか足りない。
――判断が、遅い。
以前なら、問題になる前に調整されていた。
表に出ること自体が、なかった。
(……気のせいだ)
そう思おうとする。
だが、同じ日に、もう一件。
「聖女殿の祈りですが……」
神官が、言葉を濁す。
「少し、安定しないようです」
「体調の問題だろう」
王太子は即座に答えた。
誰もが、そうであってほしかった。
王都は、まだ崩れていない。
秩序は保たれている。
それでも、ほんの小さな歯車が、
確実に噛み合わなくなっていた。
夜。
王太子は、一人で書斎に立つ。
机の端に、古い書類が残っていた。
片付け忘れではない。
触れれば、思い出すから。
エレノアがいた頃、
こうした失敗は、名前すら残らなかった。
(……戻ることは、ない)
そう自分に言い聞かせる。
小さな失敗は、
誰にも責められず、
ただ積み重なっていく。
それが、何を意味するのかを――
この時、王都の誰も、まだ知らなかった。




