第5話 ここにいていいと言われた日
朝の通りは、まだ静かだった。
私は昨日と同じように、市場へ向かう。
特別な約束はない。
呼ばれているわけでもない。
それでも足が向くのは、
もう“無関係な場所”ではなくなっていたからだ。
「来たか」
最初に声をかけてきた商人が、短く言った。
「今日も、見ていな」
「よろしいのですか」
「嫌なら断る」
簡単な言葉。
でも、その中に試す色はなかった。
私は頷き、通りに立つ。
昨日よりも、人の流れが分かる。
分かる、というより――
気づけるようになった。
急ぐ人。
迷っている人。
声をかけられたくない人。
昼前。
商人が、私に視線を投げた。
それだけで、意味は伝わる。
「今なら、出してもいいと思います」
「理由は?」
「人が増えました。でも、急いでいません」
商人は一瞬考え、笑った。
「相変わらず、言い切らないな」
「外したら、責任を取れませんから」
「それでいい」
品は並べられ、
今日は誰も値切らなかった。
夕方、商人は私に言った。
「明日も来い」
「……雇われる、ということですか」
「まだだ。
だが、ここに立つのは構わん」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。
王都では、
“役割”がなければ居場所はなかった。
婚約者。
令嬢。
悪役。
でもここでは、違う。
何者でもなくてもいい。
できることが、少しあればいい。
宿へ戻る道すがら、
私は空を見上げた。
高くて、広い。
(……ここにいていい)
そう思えたのは、
生まれて初めてかもしれない。
婚約破棄の、その後の話は――
ようやく、根を下ろし始めていた。




