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後日談① 祈りの届かない部屋(聖女視点)
その部屋には、祈る理由がなかった。
祭壇も、列も、
期待に満ちた視線もない。
あるのは、
静かな庭と、
時間だけ。
「……今日も、異常はありません」
侍女がそう告げる。
それは、
体調の報告であり、
同時に――価値の確認だった。
私は、頷くだけ。
もう、祈らない。
祈っても、光は応えない。
最初は、毎日、泣いた。
次は、祈った。
最後は――
何もしなくなった。
「聖女様」
その呼び方に、
違和感を覚えるようになったのは、
いつからだろう。
(……私は)
奇跡があったから、
選ばれていた。
奇跡がなくなった今、
私は、何者なのだろう。
庭の向こうから、
子どもの笑い声が聞こえる。
治療院に通う子だと、
侍女が言っていた。
奇跡はいらない。
薬でいい。
……それで、救われている。
胸が、少しだけ痛んだ。
悔しさか、
安堵か。
もう、分からない。
「……名前で、呼んで」
ぽつりと、言った。
侍女が、戸惑う。
「……聖女様?」
「それじゃなくて」
一瞬の沈黙のあと、
小さく、名を呼ばれた。
それだけで、
少しだけ、息がしやすくなった。
奇跡は、戻らない。
でも。
私が、人に戻る日は、
きっと――ここからだ。




