第32話 守るべきものは、もうなかった(城側・聖女視点)
城の会議室は、昼だというのに薄暗かった。
「……聖女様の件ですが」
その言葉が出た瞬間、
誰もが視線を逸らした。
宰相が、ゆっくりと口を開く。
「失敗は、“不調による一時的なもの”として処理する」
「しかし、目撃者が……」
「民は、忘れる」
断言だった。
忘れなければならない。
そうでなければ、
城が成り立たない。
「次の治癒儀式は?」
「予定どおり」
「……負担が大きすぎます」
「成功すれば、問題ない」
沈黙。
成功しなければ、
誰の責任になるのか。
答えは、決まっていた。
⸻
控えの間で、
聖女は一人、膝の上で手を握りしめていた。
(次は、失敗できない)
その言葉が、
祈りよりも先に浮かぶ。
城は言った。
「あなたは、聖女なのだから」
それは、励ましではない。
命令だった。
治癒の間。
集まった人々の視線が、
前よりも近い。
期待と、不安と、
ほんの少しの疑念。
私は、祈った。
――お願い。
――今度こそ。
光は、集まる。
でも。
(……重い)
身体の奥から、
何かが削られていく感覚。
それでも、やめられなかった。
やめた瞬間、
“役目を果たせなかった聖女”になる。
結果。
治癒は、成功した。
……ように、見えた。
だが、
立っていられなかった。
床に膝をついた瞬間、
ざわめきが走る。
「聖女様!?」
誰かが支える。
意識が遠のく中、
聞こえた声。
「……やはり、無理を」
「だが、成功は成功だ」
「記録は、そう残せ」
(記録……)
私の体より、
記録のほうが大事。
目を閉じた瞬間、
初めて理解した。
私は、守られていなかった。
奇跡を守るための、
道具だった。
⸻
その夜。
城は発表した。
聖女の力は健在
ただし、当面は療養が必要
民は、
拍手もしなかった。
ただ、
静かに受け取った。
(……ああ)
聖女は、
天井を見つめながら思った。
誰も、
私の名前を呼ばなくなった。
守るべきものは、
もう、なかった。




