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第31話 信じていたものが、揺れた朝(民衆視点)
朝の井戸端は、
いつもより騒がしかった。
「……昨日の話、聞いた?」
「聞いた聞いた」
声は、小さい。
でも、確実に広がっている。
「聖女様の治癒、効かなかったって……」
「子どもだったらしいよ」
「え……」
言葉が詰まる。
聖女は、絶対だった。
疑う余地なんて、なかった。
「でも、死ななかったんでしょ?」
「うん。医師が処置したって」
その一言が、
妙に重く落ちた。
(医師が)
つまり――
奇跡じゃなかった。
市場でも、同じ空気だった。
薬屋の前に、人が並ぶ。
回復薬の棚が、目に見えて減っている。
「前は、こんなの要らなかったのにね」
誰かが言う。
誰も、否定しない。
城の発表は、いつも通りだった。
聖女の力に問題はない
一時的な体調不良
でも。
「見た人がいるんだって」
「何人も」
「……隠してるんじゃない?」
その言葉を、
もう誰も叱らなかった。
不安は、怒りに変わる前に、
静かな疑問になる。
――本当に、大丈夫なの?
――もし、次は?
祈りは、
少しだけ、慎重になった。
期待は、
少しだけ、現実を見始めた。
その日の夕方。
薬師の看板が、
王都の通りで、増えた。
それを見て、
誰かがぽつりと呟いた。
「……奇跡がなくても、生きなきゃね」
その言葉に、
誰も反論しなかった。




