第30話 だから、私は備えていた
夜は、静かだった。
それだけで分かる。
今日は――何かが起きた。
私は蝋燭に火を灯し、
届いたばかりの短い報告書に目を通した。
内容は、簡潔。
聖女による治癒
完全成功せず
複数名が目撃
(……ついに、ね)
ため息は出なかった。
驚きもない。
むしろ、
数字どおりに世界が動いただけ。
机の上には、
ここ数か月分の覚え書き。
・治癒成功率の低下
・補助薬剤の使用増
・城の非公式な買い付け
・市場価格の変動
そして今日、
“目に見える失敗”
点と点が、
綺麗に線になった。
(これで、戻れない)
奇跡は、信じるもの。
でも信仰は、結果が伴ってこそだ。
扉をノックする音。
「どうぞ」
入ってきたのは、
いつもの連絡役。
「……広まり始めています」
「ええ」
私は頷いた。
「止める必要はありません」
「ですが……城からの圧が」
「“事実”を止めることはできないわ」
声は、穏やかだった。
復讐心はない。
憎しみも、怒りも。
ただ――
想定どおり。
「次は?」
「薬師組合が動きます。
商人も、民間治療院も」
「なら、予定を前倒ししましょう」
私は立ち上がり、
窓の外を見た。
王都の灯りが、遠くに見える。
あの中で、
まだ“奇跡はある”ことになっている。
けれど。
(世界は、もう次を選んだ)
追放された私が、
戻る必要はない。
ただ、
“奇跡が前提でない世界”に
居場所を作ればいい。
「……聖女様は」
連絡役が、言葉を濁す。
「初めて、祈りを疑ったでしょうね」
私は、静かに答えた。
「だから、私は備えていたの」
奇跡が止まる“その日”のために。




