第29話 奇跡が、届かなかった日(聖女視点)
最初は、いつもと同じだった。
祈りの言葉。
胸に集まる、温かい光。
慣れ親しんだ感覚。
(大丈夫……今日も、できる)
そう思った。
目の前には、幼い子ども。
高熱で、呼吸が浅い。
何度も救ってきた光景だ。
失敗する理由なんて、どこにもない。
「聖女様……お願いします……」
母親の声が、震えている。
私は、強く頷いた。
――大丈夫。
――奇跡は、ある。
そう、信じていた。
祈りを重ねる。
光を、注ぐ。
……なのに。
(……?)
いつもなら、
ここで熱が下がる。
呼吸が整い、
苦しそうな表情が、緩む。
でも――
光が、途中で途切れた。
「……え?」
もう一度。
焦りを押し殺して、祈る。
光は、集まる。
けれど――
(弱い……)
はっきり分かる。
いつもの“手応え”が、ない。
子どもの胸が、上下する。
苦しそうに。
「……聖女様?」
母親の声が、近い。
「だ、大丈夫です……もう一度……」
言いながら、
自分の声が震えているのが分かった。
(なんで……?)
奇跡は、私のものだ。
選ばれた力だ。
努力しなくても、
祈れば応えてくれるはずの――
(……お願い)
必死に、願った。
結果。
子どもの容体は、変わらなかった。
沈黙。
次の瞬間、
周囲がざわめいた。
「……効いてない?」
「今の、見た?」
「前は、もっと……」
誰かが、
言ってはいけないことを、言った。
「……失敗?」
「ち、違います!」
思わず、声を上げていた。
「今日は、体調が……」
言い訳だと、
自分が一番分かっている。
医師が前に出る。
「……別の処置をします」
その言葉が、
奇跡が不要だと言われたようで、
胸に突き刺さった。
治療は続いた。
子どもは、生きている。
――でも。
私が“救った”わけじゃない。
部屋を出た瞬間、
足が震えた。
(今のは……)
偶然?
失敗?
それとも――
「聖女様」
呼び止められて、振り返る。
そこにいたのは、
不安を隠せない視線。
期待と、疑念が混じった目。
――ああ。
(見られた)
奇跡が、
届かなかった瞬間を。
その夜。
私は、一人で祈った。
誰もいない部屋で。
何度も。何度も。
……光は、弱かった。
その事実から、
もう、目を逸らせなかった。




