第28話 それでも、奇跡はあることになっている(城側視点)
会議室の空気は、重かった。
誰もが机の上の書類を見ている。
正確には――見ているふりをしている。
「……報告を」
宰相の声で、若い官僚が一歩前に出た。
「今月の治癒件数は、前月比で一二%減少しています」
ざわり、と空気が揺れる。
「誤差では?」
「季節要因では説明がつきません」
言葉が、慎重に選ばれている。
誰も、あの言葉を口にしたくない。
――奇跡が、弱まっている。
「聖女様の体調は?」
「問題ないと……ご本人は」
“本人は”。
その一言に、全員が黙った。
治癒の成功率。
回復までの時間。
使用した補助具の増加。
どれも、数字は嘘をつかない。
だが――
「公表は、見送る」
王太子の一言で、結論は決まった。
「民の不安を煽る必要はない」
「しかし……」
「奇跡が“ない”という前提で動く方が、よほど危険だ」
もっともらしい。
実際、正論でもある。
だが誰もが分かっていた。
これは、判断ではない。
先延ばしだ。
「代替策は?」
「薬師団の増員と、外部からの素材調達を」
「……城が動きすぎれば、余計な噂を呼ぶ」
沈黙。
窓の外では、鐘が鳴っている。
平穏を告げる音。
「……例の令嬢は?」
ふいに出た名前に、数人が顔を上げた。
「王都外にいるとの情報がありますが」
「関与は?」
「今のところ、確認されていません」
それは、“安心”の材料として出された言葉だった。
だが、宰相は眉をひそめた。
(確認されていない、だけだ)
「引き続き、監視を」
「は」
会議は、何事もなかったように終わった。
廊下に出ると、若い官僚が小さく息を吐いた。
(……もう、遅い)
城は、奇跡がある前提で動く。
そうでなければ、
自分たちの過ちを認めることになるからだ。
だが――
市場は、もう前提を変えている。
民は、勘づき始めている。
それでも、城は言う。
「奇跡は、ある」と。
その言葉が、
一番の祈りになっていることに、
誰も触れなかった。




