第27話 彼女はもう、待たない
窓の外で、風が向きを変えた。
それだけで分かるほど、
街の空気は正直だ。
私は湯気の立つ紅茶に口をつけながら、
机の上の紙片を指先で整えた。
――商人たちの動き。
――価格の変動。
――城からの“非公式な”買い付け。
どれも、想定の範囲内。
(やっと、数字が追いついたのね)
奇跡が止まった瞬間に、
世界が壊れることはない。
けれど――
信用が揺らいだ瞬間から、
取り返しはつかなくなる。
私が王都を追われたあの日、
誰もがこう思っていたはずだ。
「聖女がいるのだから、大丈夫だ」と。
だから私は、何も言わなかった。
否定もしなかった。
ただ、備えただけ。
扉を叩く音。
合図どおり、三回。
「入って」
入ってきたのは、顔を覚えていない商人だ。
それでいい。
「……噂は、もう“噂”ではありません」
彼はそう言って、
静かに頭を下げた。
「城の動きが、見え始めています」
「ええ」
私は頷く。
「では、こちらも次へ進みましょう」
机の引き出しから、一通の書状を取り出す。
封は、まだ閉じていない。
「この条件で。
“今は表に出ないこと”が、最優先です」
商人は一瞬だけ目を見開き、
すぐに理解した顔になった。
「……なるほど。
令嬢は、勝つ前に姿を見せないおつもりで?」
「勝つのは、私ではありません」
私は紅茶を置き、微笑んだ。
「世界が、勝手に証明します」
商人が去ったあと、
私は椅子に深く腰を預けた。
(もうすぐね)
聖女は、自分の力を疑い始める。
城は、取り繕う。
商人と民は、数字で判断する。
そのすべてが揃ったとき――
私の居場所は、自然に戻ってくる。
追放された悪役令嬢が、
復讐をする必要はない。
ただ、
「正しい場所」に立つだけでいい。
窓の外。
雲が切れ、光が差し込む。
私は、もう待たない。




