第25話 守られる檻(聖女視点)
祈りの間は、今日も静かだった。
香の匂いは変わらない。
床に描かれた紋様も、壁の装飾も、
何一つ――昨日と違わない。
それなのに。
(……何も、起きない)
私は、両手を胸の前で組んだまま、
もう何度目か分からない沈黙を数えていた。
祈りの言葉は、間違えていない。
手順も、姿勢も、呼吸も。
教え込まれた通り、完璧に守っている。
なのに――
光は、降りてこなかった。
「……聖女様」
背後から、控えめな声がかかる。
振り返ると、侍女が不安を隠しきれない顔で立っていた。
「本日は、ここまでにいたしましょう。
お身体に障ります」
(また、それ)
私は、何も言わずに頷いた。
「医師がお待ちです。念のため――」
“念のため”。
ここ最近、何度も聞いた言葉。
診察。
休養。
祈りの回数の調整。
それらはすべて、
奇跡が起きない理由を、私の身体に押し付けるための準備だった。
(……違う)
私は、はっきり分かっている。
疲れていない。
眠れている。
熱も、痛みもない。
ただ――
奇跡だけが、応えない。
医師は、私の脈を取り、
同じことを言った。
「問題ありません。
少し、心が弱っているだけでしょう」
その“心”という言葉が、
ひどく曖昧で、残酷に思えた。
(弱っているのは……)
私の心じゃない。
私を“聖女”として扱う、この場所だ。
「しばらくは、人前に出る祈祷は控えましょう」
そう告げられた時、
胸の奥が、ひゅっと冷えた。
それは、守りの言葉だった。
でも同時に――
隔離の始まりでもある。
部屋に戻ると、
扉の外には、以前より多くの警護兵が立っていた。
「……増えたのね」
誰にともなく呟くと、
侍女が困ったように微笑んだ。
「聖女様を、お守りするためです」
(守る)
その言葉が、
檻と同じ意味に聞こえるようになったのは、いつからだろう。
私は、窓辺に立った。
王都の空は、今日も穏やかだ。
人々は、まだ知らない。
――私の祈りが、止まっていることを。
城は、隠すだろう。
私を、守るふりをして。
でも。
(外では……)
なぜか、胸がざわついた。
理由の分からない、不安。
追放されたはずの、あの人の顔が、
ふと脳裏をよぎる。
(悪役令嬢様……)
彼女は、城を出ていった。
すべてを奪われた“悪役”として。
けれど――
今なら、分かる。
城の外に出ることは、
必ずしも“罰”ではない。
(私は……)
私は、まだ城の中にいる。
聖女として、丁重に扱われながら。
でも。
この静けさは、
始まりの音がしない沈黙だった。
奇跡が戻らなければ。
城は、次の選択をする。
それが――
私にとって、優しいものだとは、思えなかった。
私は、そっと胸元の印を握りしめた。
(お願い……)
奇跡に、じゃない。
神に、でもない。
ただ。
この場所が、間違えませんように。
――そんな祈りだけが、
今日も、誰にも届かずに消えていった。




