第24話 城を出た者の目
王都を離れてから、
私は「噂」というものを、ようやく正しく聞けるようになった。
城にいた頃は、
必要な情報だけが、都合よく整えられて届いていた。
余計なものは削がれ、危険な気配は伏せられる。
――守られていた、というより。
閉じ込められていたのだと、今なら分かる。
「最近、祈りが減ったらしい」
その言葉を聞いたのは、街道沿いの小さな宿だった。
商人たちが酒を飲みながら、何気なく交わす雑談。
「聖女様の、だよな?」
「ああ。王都での祈祷、ここしばらく開かれてないって」
私は、何も言わずに杯を傾けた。
(――やっぱり)
噂は、まだ曖昧だ。
誰も断言はしない。
けれど、“いつも通りではない”という感覚だけが、
確実に広がっている。
「体調不良だとか、静養だとか言ってるらしいけどな」
「それにしちゃ、長くないか?」
商人の一人が、そう首を傾げた。
私は、思わず口元を緩めそうになったのを、必死で抑えた。
(城は、隠しているつもりなんでしょうね)
でも、無理だ。
奇跡というものは、
“起きないこと”のほうが、よほど目立つ。
ましてや、あの城だ。
聖女の存在を、政治の柱に据え続けてきた場所。
――揺らぎを、認められるはずがない。
「王城、きな臭いな」
ぽつりと呟いたのは、護衛代わりに同行している彼だった。
私が拾った――否、拾われた幼なじみ。
「そう思う?」
「思わない理由がない」
彼は、昔から変わらない。
立場より、現実を見る。
「城が静かな時ほど、ろくなことにならない」
私は、杯を置いた。
(……あの子)
祈ることしか許されなかった少女。
聖女として扱われ、
聖女として消耗されていった存在。
もし、今――
力が揺らいでいるのだとしたら。
城は、彼女を「守る」だろう。
でも、それは。
(人としてじゃない)
“役割”として。
「ねえ」
私は、彼を見上げた。
「商人たちの動き、少し注意して見てくれる?」
「了解。帳簿じゃなくて、人の顔を、だな」
その言い方に、思わず小さく笑ってしまう。
「ええ。
数字より先に、噂が走る」
城の中では、
まだ“異変”は起きていないことになっている。
でも、外ではもう――
違和感が、形になり始めている。
私は、王都の方角を見た。
(あの城は、きっとまた間違える)
そして。
その“間違い”の後始末をする役を、
私はもう、引き受けない。
城を出た悪役令嬢は、
ようやく――
自分の目で、世界を見ることを選んだのだから。




