第23話 守るという選択(王城視点)
異変は、数字に現れる。
それを最初に指摘したのは、宰相だった。
「聖女殿への嘆願数が、ここ数日で一割以上減っています」
執務室に集められた重臣たちの空気が、わずかに揺れた。
「季節の変わり目です。流行病も落ち着いているのでしょう」
そう言ったのは、聖女派の伯爵だ。
用意していたかのように、即座に反論が出る。
「だとしても、不自然です。例年と比べても早すぎる」
机の上には、過去数年分の記録。
そこに並ぶ数字は、雄弁だった。
王は、黙ってそれを見ている。
「……聖女の力が衰えたと?」
その一言に、室内の空気が凍る。
「滅相もありません!」
伯爵が即座に声を張り上げた。
「聖女様は神に選ばれた存在。衰えるなどということが、あってはならない!」
――あってはならない。
その言葉が、誰よりも王の胸に重く落ちた。
(もし、それが事実なら)
国の根幹が揺らぐ。
信仰、外交、民心。
すべてが「聖女の奇跡」を前提に組み上げられている。
「……民に余計な不安を与えるわけにはいかん」
王は、ゆっくりと口を開いた。
「今は“変化があった”という事実そのものを、伏せる」
「では――」
「聖女を、守る」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
否、正確には――
異を唱えられなかった。
「聖女殿の公の祈りは、しばらく制限する。
代わりに“静養”という名目で、王城内に留め置く」
「理解しました」
「外部との接触も、最低限に」
宰相が一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「……原因の調査は?」
王は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「今は不要だ」
原因を探るということは、
“異変を認める”ということ。
それは、今はできない。
「聖女が揺らいでいるなどと、
誰が信じられる?」
重臣たちは、静かに頷いた。
こうして決まったのは、
聖女を守るための措置。
だが。
その決断が、
聖女自身を追い詰めることになるとは――
この時、誰も考えていなかった。
王城の奥、
窓の少ない一室で。
「……外に、出られないのですか?」
聖女の問いに、侍女は困ったように微笑んだ。
「王命ですので」
祈りの場も、民も、
すべてが遠ざけられていく。
守られている。
そう言われれば、そうなのだろう。
けれど。
(……息が、苦しい)
祈れない聖女は、
ただの少女だった。
そして王城は、
その事実から目を背けたまま――
次の一手を誤る。




