第22話 重ならない祈り(聖女視点)
祈りの言葉は、間違えていない。
何度も確認した。
声の高さも、呼吸の間も、手を重ねる位置も。
すべて、今までと同じ――そのはずだった。
それなのに。
「……聖女様?」
神官の声で、私は我に返った。
目の前の青年は、確かに癒されている。
傷は塞がり、血も止まっている。
結果だけを見れば、奇跡は起きた。
けれど。
(……重なって、いない)
胸の奥に、奇妙な空白があった。
祈りと奇跡が、きちんと“噛み合っていない”感覚。
「ありがとうございます……」
青年はそう言って頭を下げたが、
その声には、以前のような震えがなかった。
感謝はある。
でも、信仰の熱が――薄い。
「次の方を」
神官の声が、淡々と響く。
列はある。
だが、確実に短くなっている。
(気のせいじゃ、ない)
ようやく、そう認めざるを得なかった。
奇跡は起きている。
それなのに、人々の反応が違う。
祈りが終わった後、
胸に満ちていたはずの充足感が、ない。
代わりに残るのは、
祈りを“消費した”あとの疲労だけだった。
「……今日は、ここまでにしましょう」
思わずそう口にすると、神官が一瞬、言葉に詰まった。
「ですが、まだお待ちの方が――」
「無理です」
自分の声が、少し強かったことに驚く。
「……今日は、これ以上は」
沈黙が落ちる。
神官は深く一礼し、列を解散させた。
不満の声は上がらない。
ただ、人々は静かに帰っていく。
それが、何より怖かった。
(前なら……)
前なら、必死に縋る人がいた。
涙を流し、祈りを求める人がいた。
今は、違う。
「……私の力が、弱まっているの?」
誰に聞くでもなく、呟いた言葉は、空気に溶けた。
否定してくれる人はいない。
肯定してくれる人も、いない。
ただ、事実だけが残る。
祈りは、重ならなくなっている。
その夜、私は眠れなかった。
目を閉じるたびに、
奇跡が起きた“はず”の場面が浮かぶ。
そして、必ず最後に残るのは――
満たされない、空白。
(……助けて)
初めて、私は神に願った。
奇跡を起こすためではなく。
自分自身のために。




