第21話 静かな確信
朝の紅茶は、いつもと同じ香りだった。
それなのに、ひと口含んだ瞬間、私は確信する。
(――始まった)
窓の外、王都の通りは平穏そのものだ。
荷馬車は規則正しく進み、商人は声を張り、兵士は持ち場を離れない。
誰一人として、異変を口にしていない。
けれど。
私はカップを置き、指先で縁をなぞった。
数字が、もう動いている。
昨日、届いた控えめな報告。
薬草の取引量。
保存食の回転。
治癒関連の依頼数。
どれも「誤差」と言えば、そう言える程度だ。
けれど、商人は誤差を信じない。
(あの人たちが、理由もなく慎重になるはずがない)
聖女の奇跡は、まだ止まっていない。
少なくとも、表向きは。
それでも人は、無意識に保険をかけ始める。
“万が一”に備える行動は、信仰よりも正直だ。
「……ふふ」
思わず、笑みが零れた。
王城にいた頃、誰も私の言葉を聞かなかった。
感情的だ、悪意だ、嫉妬だと――
都合よく、切り捨てた。
けれど今は違う。
私は何も言っていない。
何もしていない。
それでも世界のほうが、同じ結論に辿り着き始めている。
(だから、もう十分)
今は、前に出る時じゃない。
声を上げる必要もない。
崩れるものは、内側から崩れる。
私は紅茶を飲み干し、立ち上がった。
次に動くのは、私ではない。
不安を抱えた商人たち。
計算の合わなくなった貴族たち。
そして――奇跡を疑い始める、民衆。
その全てが揃った時。
(……ようやく、私の番)
静かな確信だけを胸に、私は扉を閉めた。




