第20話 数字は嘘をつかない(商人視点)
商人という生き物は、感情よりも先に数字を見る。
いや、正確に言えば――数字しか信じない。
俺は王都南通りで商いをして二十年になるが、噂や評判で仕入れを決めたことは一度もない。
信じるのは帳面の中身と、日銭の流れ。それだけだ。
だが最近、その数字が――妙だった。
売上が落ちているわけじゃない。
むしろ、金は回っている。
問題は、**“流れ方”**だ。
「……おかしいな」
帳面をめくりながら、俺は眉をひそめた。
祈祷が行われた翌日。
例年なら、聖女の祝福があった後は人の動きが活発になる。露店が賑わい、消耗品がよく売れる。
それが――今年は違う。
客足はある。
だが、買う量が少ない。
必要最低限だけを買い、早々に立ち去っていく。
(景気が悪い? いや、他の通りも同じだ)
同業者に聞いても、首をかしげるばかりだった。
「人は来るんだがな」
「前ほど“安心してる顔”じゃない」
その言葉が、妙に引っかかった。
安心――
そう、王都の商いは長らく**“安心”の上に成り立っていた**。
聖女の奇跡がある。
祈れば救われる。
だから人は金を使えた。
だが今は違う。
帳面の端に、俺は小さく印をつけた。
聖女の祈祷が行われた日と、その翌日の売上差。
数字は、はっきりと示していた。
「……減ってるな」
大きくではない。
だが、確実に。
祝福の後に生まれるはずの“余剰”が、消えている。
偶然では済まされない。
この傾向は、すでに三度目だ。
(奇跡が、弱まっている……?)
その考えが浮かんだ瞬間、俺は自分で自分を笑った。
聖女だぞ?
王国の象徴だ。
そんなこと、あるはずがない。
だが――
数字は嘘をつかない。
帳面を閉じ、俺は静かに息を吐いた。
「これは……情報の値打ちがあるな」
もし、奇跡が以前ほどではないとしたら。
もし、人々がそれを無意識に感じ取っているとしたら。
王都は、静かに変わり始めている。
その変化に、いち早く気づいた者だけが、生き残る。
俺は帳面を棚の奥にしまい、扉の外に目を向けた。
通りを歩く人々の背中は、どこか急いて見えた。
――聖女の奇跡が、もし本当に揺らいでいるのなら。
その代わりに、何が必要とされるのか。
商人は、もう次を考え始めている。




