19話 小さな異変(聖女視点)
祈りを捧げると、いつもなら迷いなく応えてくれるはずの温もりが、今日はほんの一拍、遅れて訪れた。
(……あれ?)
治癒の光は確かに灯った。
傷は塞がり、苦痛も消えている。結果だけを見れば、失敗ではない。
それなのに、胸の奥に、言葉にできない引っかかりが残った。
聖女としての務めを始めてから、数え切れないほど奇跡を起こしてきた。
祈りと奇跡は、呼吸のようなものだったはずだ。
――なのに。
光が消えたあと、手のひらがひどく軽く感じられた。
何かを置き忘れたような、不安だけが残る。
「……疲れてるのかな」
そう呟いて、自分で自分を納得させる。
最近は祈りの回数も多い。体調の波があっても、おかしくはない。
周囲にいる人たちは、変わらず感謝と安堵の表情を浮かべていた。
誰一人、異変に気づいた様子はない。
なら、問題はないはずだ。
私は小さく息を吐き、いつものように微笑んだ。
聖女は不安を見せてはいけない。奇跡がある限り、人々は救われるのだから。
けれど。
胸に残る違和感は、祈りを重ねても、消えてはくれなかった。
(……気のせい、よね)
そう言い聞かせながら、私は次の祈りの場へと向かう。
この小さな異変が、まだ名前すら持たないものだとは――
そのときの私は、考えもしなかった。




