第10話 確認という名の命令
王太子は、報告を最後まで聞いてから、しばらく黙っていた。
「……女性、か」
「はい。
名前は不明。
身分も、明らかにしていないそうです」
補佐官は淡々と続ける。
「ですが、
通りの商人の間では評判がよく、
判断が早すぎず、遅すぎないと」
その言葉に、王太子の指が止まる。
覚えがあった。
問題が表に出る前に、
いつも“ちょうどいいところ”で止めていた人物。
「……似ているな」
独り言のような声。
「何か、おっしゃいましたか」
「いや」
王太子は、椅子にもたれかかる。
考える必要はない。
追放したのだ。
もう、関係はない。
それでも――
確認しなければならない、という衝動が残る。
「念のためだ」
王太子は、そう前置きして言った。
「身元を探れ。
ただし、表立って動くな」
「……よろしいのですか」
「確証がない以上、
余計な騒ぎは避けたい」
それは、命令だった。
補佐官は一礼する。
「承知しました」
部屋に一人残されて、
王太子は窓の外を見る。
王都は、今日も平穏だ。
大きな問題は起きていない。
けれど、
“以前の平穏”とは、どこか違う。
(彼女なら……)
思考が、そこで止まる。
名を呼ばない。
呼んではならない。
それでも、
確認という名の命令は出された。
それが、
戻れない一歩だとは、
王太子自身が、まだ理解していなかった。




