第1話 断罪の日、私は何も言わなかった
王城の大広間は、静まり返っていた。
「エレノア・フォン・グレイス。貴様との婚約を、ここに破棄する」
王太子の声はよく通り、あまりにも整っていて――
だからこそ、ひどく空虚に聞こえた。
私は跪いたまま、顔を上げない。
驚きもしない。泣きもしない。
この瞬間が来ることを、ずっと前から知っていたから。
「聖女リリアナを虐げ、虚偽の罪を着せ、王家の威信を貶めた罪は重い」
周囲から、ひそひそと囁きが広がる。
視線は刃のようで、背中に突き刺さった。
(……相変わらず、結論だけは早いのね)
反論しようと思えば、できた。
証拠も、証言も、私の手元にはあった。
けれど――
私は、口を開かなかった。
「よってエレノア・フォン・グレイスは、王都より追放とする」
それで終わり。
あっけないほど、簡単に。
誰も、私の沈黙を疑問に思わなかった。
悪役令嬢とは、そういうものだ。
――馬車に乗せられ、城門を出る。
重かった空気は、境界線を越えた途端、嘘のように消えた。
「……ふう」
思わず、小さく息を吐く。
怒りも、悲しみも、もう擦り切れている。
残っていたのは、ただ一つの感情だけ。
(やっと、終わった)
私は“王太子の婚約者”でも、
“悪役令嬢”でもなくなった。
名前も、地位も、未来も失った――はずなのに、
胸の奥は、不思議なほど軽かった。
この先どう生きるか。
何を選ぶか。
それを決める人間は、もう私だけだ。
王都は遠ざかり、視界から消えていく。
誰も知らない。
婚約破棄の、その後の話を。
そして――
ここから始まる物語を。




