年末年始のある本屋
毎年、このシーズンになると億劫になる。
街中はクリスマスが終わり、年末年始モード真っ盛りで、商店街には年末年始の食べ物を買いに来る人々で溢れかえっている。
早見レナはこの状況に、どうすればいいのか分からなくなるのだ。
「なんで、なんで、なんで……」
レジの中で頭を抱え、誰もいない店内で叫んだ。
「なんで本屋には人来ないのー!!!」
そう、これである。
年末年始で盛り上がる場所は決まっている。
デパートか惣菜屋、鮮魚店などの食材店だ。
しかも全員忙しい。
そんな中で本屋に来る客はごく少数だ。
自分の経営している、というか経営させられている『早見書店』も、人が来ない。
今日入ってきた客など片手で数えられるレベルだ。
紙の本など、今どき珍しすぎるし、だいたい印刷費も高くなったから余計に売れない。
ハッキリ言って暇である。
「やばいわね。本気で人が来ない」
もっとも、本屋自体が結構今全国的にまずいのは重々承知している。
電子書籍の普及は留まるところを知らず、今この二〇六六年現在、普及率九九%だ。
紙の本はホントに売れなくなった。
レナだって、紙の本は好きだ。本から漂う匂いだけは、電子書籍では再現できないからだ。
だが、そんなものを求めてやってくる物好きなど、ごく少数。
紙の本屋は、もう数えるほどしか残っていない。ここもそんな一箇所だ。
何度か店を畳むことを、経営を自分に任せてこの状況をほったらかしにした父に提案したが、ことごとく却下された。
一応この店は父親の名義になっているから、勝手に畳むことも出来ないのが、レナの今の悩みどころである。
「あー、もう。だいたい紙の本好きだけどイマドキ売れるかっつーの」
レジ横の机に突っ伏して、レナは言った。
印刷費がとにかく莫大に跳ね上がったため、そのために紙の本にはその料金が上乗せされる。
結果紙の漫画の単行本が一冊五万円だ。電子書籍なら五〇〇円である。
市場原理を考えれば、勝てるはずがないのだ。
自動ドアが開く音がした。
レナは急いで身体を起こし、「いらっしゃいませー」と言うだけ言う。
「ほぅ、紙の本が多い。これはなかなかに珍しいですね」
マシンボイスがする。
男のサイボーグだった。そこそこ身体が大きく、足音はシリンダーの動く油圧の音がしている。
「店長さん、ですか?」
眼の前のサイボーグが、レナに聞いてきた。
「はい、そうですが」
「あの、つかぬことをお伺いしますが、実は、探してる本がありまして」
「はぁ。どんな本でしょうか?」
「血肉の荒野、って名前の本なのですが」
ピクリと、レナは反応した。
「血肉の荒野ですね。少々お待ちいただけますか」
そう言って、小説のコーナーにサイボーグと一緒に行く。
上の方だが、あった。
上中下の三冊の文庫本だ。
ただ、背表紙が少し色褪せていた。
本来黄色だった背表紙に白色が混じっている。
だいぶ古い本だから、しょうがないだろう。
「ありますよー。ただ、背表紙だいぶ色褪せてますけど」
「おお! ありますか! 探していたんですよ!」
マシンボイスながら、少しハスキーな声で、そのサイボーグは喜んだ。
「探してた? どうしてです? 電子書籍でありそうですが?」
「実を言うと、この本、電子書籍化されていないんです」
「意外ですね。てっきりもうなってるものだと思ってました」
「執筆者のハワード先生の遺言だったそうです。あの方は大の電子書籍嫌いでしたから、多分そのせいで出版社も電子書籍化できなかったんでしょう」
それにしても、この見た目と裏腹に随分とこのサイボーグは博識だ。
本に関する知識だったら、多分自分よりあるんじゃないかと、レナは思った。
「お詳しいですね」
「ええ。こんな身体でなんですが、実は、私も電子書籍が少し苦手でして」
サイボーグは苦笑した。
それがレナには、意外に感じられた。
「あの。申し訳ないのですが、なぜ?」
「私のこの身体は、戦争で起こった傷跡を手術した結果なんです。ドローン兵器でやられましてね。サイボーグ化しなければ生きられないって言われて。それでなったはいいんですが、自分の身体を少し呪いましてね」
少し、サイボーグが寂しそうな眼をした気がした。
眼は、義眼だと分かる高画質カメラが付いているのに、何故かレナはそう感じられたのだ。
「私は思うんです。果たして、自分の身体に、自分の脳に、人間だったものはどれだけ残っているんだろうか、と。昔あった漫画でも、同じように悩むサイボーグがいましたが、まさしくそれと一緒ですよ」
「だから、あえて紙にする、というわけですか」
「そう、紙の本は確かに高くなりましたが、私のような者からすれば、いくら出しても惜しくないんです。紙の本は、電子と違って、紙の香り、手触り、それを直に感じられる。それを触るたびに、自分は生きているって認識できるんです」
不思議な人生観を持ったサイボーグだと、レナは思った。
そこはかとなく知性が漂う。
だが同時に感じるのは、妙な悲壮感と、孤独と、同時に生きるとは何であるかを見つめる、一人の旅人のように感じられた。
「ああ、すみません。私ばかり。それはそれとして、この本、売っていただけませんか」
「あ、はい。では、あちらのレジに」
そう言ってレジに行って会計をする。
「三冊で一八万七〇〇〇円ですが、いかがしますか?」
「キャッシュで払います」
そう言って、サイボーグはピッタリの現金を出した。
袋に入れた後、大事そうに本を抱えて、サイボーグは店から出た。
「この店、私には遅れたクリスマスだったのかもしれませんね」
「もうクリスマス終わってますけど、遅れたクリスマスプレゼントになれたのなら、良かったです。じっくり読んでください」
「そうさせていただきます。では」
そう言って軽くお辞儀をしてから、サイボーグは年末で賑わう商店街の雑踏に消えていった。
不思議と、何かレナは穏やかな気分になっていた。
こんな風に本を語ったのは、いつ以来だっただろう。
そんなことを、ふと思い出したのだ。
「売れたみたいだな、本」
ぬっと、父が買い物から帰ってきた。
「うん。サイボーグの、なんか不思議な人」
「サイボーグ? それで紙の本好き?」
「珍しいよね」
「まったくだな。しかし、なんかそういうのいた気がするなぁ」
そう言ってから、数日の時が流れ、元日を迎えた。
元日になると、商店街は今度は初売りで大忙しだ。
そこかしこに福袋が並び、それを買い求める客が殺到している。
レナは商店街の人に一通り挨拶をした後、本屋の前の道を掃除した。
この本屋に限っては、そんな福袋など無縁だ。
「うぅ、寒いねぇ」
こういう時サイボーグだったら身体にヒーターとか入れられるんだろうかと、なんかそう思えた。
あの本を買っていったサイボーグは、あの本を読んで、どういう感想を抱いたのだろう。
なぜか、それが無性に気になった。
そう思った時だった。
商店街の中から、聞いたことのある足音がした気がした。
まさかと思った。
その方向を向くと、あのサイボーグがいた。
「早見書店さん。今日、空いてますか? 新しい本が欲しくなりまして」
サイボーグが、笑顔で言った。
だからレナも、笑顔で返す。
「もう読み終えたんですか?」
「ええ。やはり紙の本はいいなって、感じるには十分でした。作者の魂も感じられる、いい本でした。それに何より、長い年月が生み出した本の香り、あれが恋しいんです」
「はは、匂い、やっぱありました?」
「ええ、ただ、好きな匂いです」
そう言った後、人が数名、こちらにやってきた。
「ん?! え?!」
なぜか、この本屋の前に行列が出来ていた。
「お! ここだ、早見書店!」
「レア物の紙の本あるかもしれねぇな!」
「あの本絶版になっちゃったから紙で探すしかないものね」
レナからすればまったくわからない。
こんな正月に、なぜこんなにこの寂れた本屋に人が殺到しているのか、皆目見当もつかない。
「ん、なんだ?」
父が上から降りてきた。
瞬間、父の目の色が変わった。
「そうか! 思い出した! そのサイボーグに義眼と義足、更に紙の本が好き。ひょっとしてあんた、SNSで話題のブックマーカー・リヒトか!」
「あ、はい。SNSでは、そう名乗らせてもらってます」
レナは愕然としていた。
ブックマーカー・リヒト。聞いたことのある名前だ。
確か本に魂を注ぐ稀代のインフルエンサー。
その人の紹介した本と本屋は、たちまち人気になるという、言わば本屋界の伝説的存在である。
SNSで話題の人間だが、SNSをレナはほとんど見ていなかったため、名前だけは知っていたが、まさかこの人がそのインフルエンサーとは思いもしなかった。
「ああ、すみません。あまりにも手に入れたのが嬉しくて、つい、この本屋紹介しちゃったんです。紙の書籍を現代でも残す、最高の本屋だと。ちょっと、迷惑でしたか?」
少し、すまなさそうにサイボーグ-リヒトは聞いてきた。
だが、そんなことはレナにはどうでも良くなった。
紙の本が好きな者が、思ったより多いという現実が、レナは少し嬉しかった。
それは父も同様だったようで、思わず感涙していた。
「いえいえ! むしろ紹介してくださって、ありがとうございます!」
そう言ってから、父に目を合わせる。
父はただ、頷くだけだ。
「では、早見書店の正月初売り、特にセールはないですが、始めさせていただきます!」
そう言ってレナは、シャッターを開けた。
今年は、未だに経験したことのない忙しい年になるかもしれない。
なぜか、そんな予感がレナには漂った。
太陽は、既に中点に差し掛かっていた。
(了)




