あなたが生まれる五分前
過去に書いた小説です。
当時は二十歳が成人年齢でした。
「ヤスくんにね、言わなければいけないことがあります」
「え、何いきなり改まって」
風呂上りにアイスを食べながらテレビを見るという至福の時を過ごしていたヤストに、パックをしたままの若干ホラーな顔をした母が真剣な顔で詰め寄った。
イヤ、その顔で真剣な話されても集中できないんだけど。などいう言葉を飲み込んで、とりあえずヤストは姿勢を正し、物理的に真っ白な顔の母に向き合った。
「ヤスくん」
「……はい」
「あと十分ほどで二十歳ですが」
そうだ、そうなのだ。
あと十分もせずに、ヤストは二十歳の誕生日を迎える。酒を飲む権利が与えられるが両親親戚総じて下戸でタバコも吸わない我が家にはなんら関係ない、いつもと変わらない誕生日を迎える事になるだけだが。
「お母さんはひとつ、ヤスくんに謝らなければいけないことがあります」
「……はぁ」
「実はヤスくんが生まれた日、というか生まれる五分前なのですが、お母さん、実は」
「……」
「痛みに耐え兼ねて〝バッカヤロー!足グセ悪いんじゃボケェ!〟って叫んじゃったの」
「……ん?」
「それだけじゃなくて〝パパ冷蔵庫のプリン勝手に食べたのは私です許してくださいコノヤロー〟とか〝ナイショでお茶のおまけあつめてごめんなさいでも可愛かったんだよ!〟とか……」
「もうそれ親父に対する謝罪じゃん」
「とにかく、ヤスくんの口の悪さはですね、生前私の声を聞いていたからかもしれないのよ」
「……はぁ」
この人は、何を言うかと思えば。(パックをしたままの)真剣な顔をして、少し的外れな事を言う。
確かにここ数年前まで思春期というかなんというか、まあ云わいる黒歴史に当たる時期に荒れていて母親に辛くあたっていたこともあった。その度汚い言葉を吐くと母親は何とも言えない顔をした、後からひどいことを言ったなと反省していたのだが……。
「えーっと……つまり母さんは俺の口が悪いのは自分のせいだって言いたいわけ?」
「……はい」
叱られた子犬のようにしょんもりする母の姿に思わず笑いがこみ上げる。何もそんなに落ち込まなくても。
「いや、あのね、母さん」
「……ごめんね、不甲斐ないお母さんで」
いや、あの、そうではなくて!
笑いをこらえきれなくなったヤストは真剣な母を傷つけない程度にクスクスと笑いながらもう一度姿勢を正す。時計を見やるといつの間にか長針は12を過ぎていた。
「えーと、お母さん。そんなに気にやまないでください」
「……。」
「二十歳になりました。今まで育ててくれてありがとう。俺は今生まれ変わりました。……これからもよろしくね」
するとどうだろう、母親はぽかんとした後にぶわりと涙を流し始めた。
まいったな、泣かせるつもりはなかったのに。そう含み笑いをしてヤスは首にかけていたタオルを強引に押し付ける。
「母さん、それはなんか、えっと、流石に怖い」
白い顔をした母は真っ赤に腫らした目でケラケラと笑った。
あなたが生まれる五分前の母の告白。二十年越しの生まれ変わり。




