作れと言われた無茶な世界
某は創造神だ。世界を作ることができる。普段はどこかの神から世界の制作を依頼されている。某は吹けば飛ぶような下級の神であるため、ときには無茶な依頼でも受けねばならない。
今回受けている依頼は依頼主が好きな小説の世界を実際に作れということらしい。アドバイザーとして手下を送るから詳しくは手下に聞けだそうだ。物語の世界を作れという依頼はかなりきつい。
物理法則に反した超常の力が登場することがあるし、物語の設定に不備があると、そこをうまくごまかさなければならない。
昔作ったカンフー映画の世界とかは、主人公がなんかへんてこな修行をして、なぜか強くなっているというものだったが、あれは大変だった。
みんながへんてこな修行をして勝手に強くならないようにするため、主人公にだけ効果があるという条件を付けくわえたり、師匠の思考をいじくってへんてこな修行を提案させたりと、かなり手を加えることになった。
今回はどんな物語だろう?楽な内容であることを祈る。祈った直後、地面から若い男が生えてきた。男は何事もなかったかのように名乗る。
「地面から失礼しました。私はバーベリーの部下の14番と申します。今回アドバイザーを担当させていただきます。よろしくお願いします。」
14番か。名前が適当だな。眷属の名前を考えるのが面倒で、番号を名前にしてしまうという神もいる。大体そういう神は、部下の扱いがなってない。某にも相当な無茶を強いてくるかもしれん気をつけねば。祈った直後にもう内容に不安を感じるとは思わなかった。とりあえずこちらも挨拶せねば。
「こちらこそよろしくお願いいたす。今回依頼された世界を製作する疾風丸でござる。」
名前を番号にする神がいれば、名前をへんてこにしてしまう神もいる。しかも特に深く考えずにおかしい口調と一人称にまでしやがる神もいる。某を作った神はそういうやつだった。しかも気分でいろんな無茶な世界を某に作らせた。
拳銃で車が吹っ飛ぶ世界とか、パソコンを高速でタイピングしてセキュリティを突破するハッカーがいる世界とか。人間が素手でクマを殺傷する世界とか。
そんな無茶な世界を休みなく作らせて来るのだ。我慢の限界に達した某は、同僚たちと結託して、その神を組織から追い出した。おっと回想もほどほどにせねばならん。早く話し合いを進めなければ。
「今回はどういう世界を創造すればいいのでござるか?」
14番は頭を掻きながら、目線を下に向けて、元気のない声で言った。嫌な予感がする。どんな無茶な世界を作らされるのか某は不安で押しつぶされそうになった。
「書籍化しているネット小説の世界でジャンルは追放ものです。」
なんかわけのわからない言語がいっぱい飛び出してきた。ネット小説?追放もの?それはいったい何であろうか?こういう時は素直に聞くのが一番だ。
「ネット小説?と追放もの?は14番殿の上司の造語でござるか?」
「いいえ。造語ではありません。」
「申し訳ござらん。某はあまり語学に詳しくないのでござる。」
「これ日本語ですよ。」
「それは某が頭の中で思い浮かべる日本と同じか?」
「おそらくは。」
14番とそのあと十数分ぐらいしゃべり、何とか情報を共有することができた。
「なるほどネット小説というのはインターネットに書き込まれた小説で、追放ものというのは、その中でも代表的なジャンルなのでござるな?」
14番は疲れているのか、言葉を発することなく、コクリとうなずいた。某は少し申し訳ない気分になった。自分が流行から取り残されてるせいでここまで苦労する者がいるとは思いもしなかった。
まず某が頼まれたのは世界の構築である。さまざまな魔法を作り上げて、生物を誕生させてゆく途中で何個か疑問ができる。こういうのはしっかり聞いておかないと後でひどいことになる。14番がまた疲れてしまうだろうが少し我慢してもらおう。
「ゴブリンは人間より弱いと聞くがなぜでござるか?小学生ぐらいの体格の生物なら一般的には大体人間よりは肉体的に強いし、設定上はそこそこ頭がいいのなら作中に出てくるように、無鉄砲に襲ってくることはないと思うのでござるよ。不利になったら逃げるだろうし、こんなに楽に倒されないのでは?」
「単純にこれを作った作者の頭がそこまで回っていなかったか、あるいはそうしないと話が進まないからめんどくさくなったかですね。」
「そんな雑な作品が人気を集めて書籍化なんてできるものなのでござるか?」
「最近のネット小説は作品の設定の作りこみより、どれだけ流れにうまく乗れるかというのが大事らしいです。だから設定がうまく作りこまれている作品だろうと書籍化されないことはよくあるし、逆に雑すぎても書籍化されることはあります。」
小説投稿サイトとはどうやらとんでもない魔境のようだ。ますますこの案件が成功するかどうか不安になってきた。某は強力な向精神薬を静脈に注射する。脳を多幸感がむしばみ、不安なんてどうでもよくなる。
「止めてください!怖いですよ。目の焦点が合っていないじゃないですか!」
しばらくして薬の効果が切れた某は作業を再開することにした。14番の目線が何やらダメな人を見るような感じだが気にしないほうがいいだろう。某は次は人間社会の構築を始めた。
「なぜ冒険者がこんなに素晴らしい職業のような扱いを受けているのでござるか?モンスターと戦うという職業でなおかつ収入が安定しない職業だからまともな人はやりたがらないはずでござるよね。なんかまともな人も普通に冒険者になっているように見えるのでござるが?」
「きっと物語のつじつまが合わないからですよ。」
そうなのか。それともう一つ冒険者ギルドに関して質問がある。気になってしょうがないので聞いてみる。
「Sランクになっても冒険者を続ける理由がないでござる。Sランクになれるほどの冒険者だったら結構金を持っているはず。わざわざこんな危険な仕事を続けなくても余裕で生活できる。なのになんで大した目的もなしに冒険者を続けるのでござる?」
「きっと物語のつじつまが合わないからですよ。」
まったく同じ答えだ。それを聞いた某は我慢できなくなったのでカラフルな錠剤を取り出して、口に放り込んだ。そして水を飲んだ。しばらくすると悪感情はすべて吹き飛び、余計なことは何も考えられなくなる。
「ダメですよ!体に悪いです!なんかすごい痙攣してますよ。絶対やばいです!」
ほどなくして薬効を感じられなくなった某は焦燥感に襲われて白い粉の入った薬を取り出す。飲まなくては。飲めば全部忘れられる。手が震えてうまく袋を開けられない。飲みたい飲みたいいいいいいいいいいいいい!
「完全に中毒者じゃないですか!ダメです!」
そう言われて白い粉の入った薬を取り上げられる。おのれ泥棒め!某の薬を奪いやがって。みんな某から何か大切なものを奪おうとしてるんだ。くそがああああ!殺してやる!某は不届き者どもを滅ぼすため超巨大な火球を生成する。
超巨大な火球が上から降り注ぐ水流によってかき消される。怒りがさらに増幅したところで白い靄が某にまとわりつく。だんだん眠くなってきて某の意識は途切れた。
起きるとそこにはすべての情熱を薬物につぎ込む末期患者を見るような冷たい目をした14番が、たたずんでいた。えーと某は何をしたんだっけ?
「薬物の禁断症状が出て暴れまわったんですよ。」
表情筋をピクリとも動かさず抑揚のない声で答えられた。徐々に思い出してきた。そうか14番に薬を没収されて怒って、そこから幻覚が見えたんだ。そんで結果的に火球ですべてを消し飛ばそうとしたんだった。某がいかん薬にはまったせいでこんなに迷惑をかけてしまったのか。
「申し訳ないでござる!」
「悪いと思ったんだったら、今から世界の創造を再開してください。薬はすべてブラックホールに吸い込ませて跡形もなく消しておきましたから。」
こうして某と14番は世界の創造を続きから始めた。様々な質問を投げかける度に似たような答えが返ってきた。何回も薬の禁断症状で暴れることになって、その都度、14番にぶち転がされた。そうして血のにじむような努力をして世界の創造がおおかた終わった。
あとは主人公とその周りのキャラクターを作って動かしてみるだけだ。ではシュミレーションスタートだ。はてさて正常に動くだろうか?
この世界の主人公はケイン。ありふれた名前をしており、地味な容姿をしている10代半ばの男である。なんでこんな地味な容姿をしているかだが14番曰く、読者みたいなモテない男が美少女に囲まれるという展開が好まれるからだそうだ。
さらっとそういう作品の読者が馬鹿にされていることはさておき、しっかり依頼通りに動いてくれるか見なければ。
ケインはパーティに入って活動を続ける冒険者で何気なく書かれているがランクはSである。役割は神官で、強力な支援魔法に回復魔法を操る。こんな有能なやつを追放されるように物語を作るのは骨が折れそうだ。
予定ではSランクになったらほかのメンバーにもうSランクだし。お前はいらないとか心無いことを言われて追放されるのだが、果たしてどうなるか?
おっと早速パーティみんなで冒険者ギルドの酒場に集まっている。Sランクになったから止めるとか言われたらたまらないので、高ランクの冒険者たちには全員、精神に干渉する術が自動的にかかるようになっている。だから引退することはないはず。
付け加えれば冒険者に真人間を増やすために、真人間の中からランダムで冒険者を目指すな精神干渉も世界に組み込んでいる。
パーティのリーダーである戦士のアーサーが笑顔でみんなを出迎える。この男もよくある名前だ。派手な金髪をしているさわやかイケメンだ。予定ではこいつがケインを追放するのだ。なんでこんな陰キャが思い描いたリア充みたいなやつが追放する側なのか?
14番曰く、読者が陰キャを追い出したリア充が後でひどい目に合うのを見て楽しみたいからだそうだが、某は同じ陰キャのくせに一人で超幸せになるケインのほうが憎く感じる。
お前仲間だろ?と言いたくなるのは某の心がひねくれているからなのだろうか?アーサーは店員に料理を注文してパーティメンバー達に嬉しそうに言った。
「Sランク昇格おめでとう!お祝いに今日はみんなでおいしいもん食べようぜ!」
ケイン含めたパーティメンバー達から歓声が上がる。そしてみんなでお互いのいいところを誉めあい宴会は終了。そのあともずっとみんなで協力して依頼をこなしていきましたとさ。めでたしめでたし。
普通にいい話だった。Sランクに上がるようなパーティの人間関係が悪かったら、途中で連携間違えて死にそうだもんな。これが正しい流れだ。もうこれでいいんじゃないか?某は14番のほうをちらりと見る。
「ケインが追放させられるように仲間にケインに対してとんでもない敵意を抱くような術をかけてください。」
感情のこもっていない声でまるで悪魔のようなことを言い出した14番。やはり依頼主はこれで満足しないから修正しろとのことらしい。
ケインは修正によりSランクに上がる前から、みんなにいじめられるようになりパーティの雰囲気は前のシュミレーションの時と比べて悪くなった。ストレスがたまったケインはつい戦闘中にぼーっとしてしまった。
ケインが、ぼーっとしてるせいでアーサーが受けた傷の回復が遅れてしまう。アーサーが倒れリーダーを失ったパーティは壊滅した。おしまいおしまい。パーティの雰囲気悪くなった状態で高難易度の依頼は無理だったてことか。某は14番のほうをおそるおそる見る。
能面のような顔をしていた。その目はすべての光を吸い取ってしまいそうなほど真っ黒だった。先ほどよりさらに感情のなくなった声で言った。
「ケインがミスをしないよう真面目に働かなくてはならないという強迫観念を植え付けてください。」
14番は精神汚染をさらに加えると言い出した。とんでもねえ。しかし依頼主を満足させるためには某も心を捨て去らねばならないようだ。そして心を某にいじくられたケインは真面目に働いた。暴言を言われても、雑用をすべてやらされても働き続けた。そしてある日、自分からパーティを抜けた。
某は14番の顔を覗き込んだ。能面のような顔と打って変わって、鬼のような顔になった。腕を振り上げて暴言を吐き始めた。
「ケイイイイン!抜けるな止めるなああああ!どんなことをされても耐えろおおおおお!馬車馬のように働けええええ!お前が働かないと俺たちがひどい目にあうんだよおおおお!」
めちゃくちゃだ。労働組合の目の前ではとても言えないセリフだ。それからしばらくケインの悪口を14番は言いまくった。ケインの見た目から人格まですべて否定しまくった。
しばらくして14番は落ち着きを取り戻した。そしてすっきりしたのか先ほどとは違う晴れ晴れとした顔で言った。
「ケインにパーティを抜けるという発想を封印させる精神干渉を施してください。」
晴れ晴れとした顔で言うことじゃないと思う。しかし受けた依頼は何があったとしても達成させなければならない。某は悪いと思いながらもケインの心をさらにいじくりまわした。
ケインはありとあらゆる苦行に耐えた。仲間からどんなに信頼されていなくても、仲間からどんなに馬鹿にされていても死んだ目で耐えきった。
そしてついにどんなことをしても抜けないケインにしびれを切らして仲間はケインに罵詈雑言を浴びせたうえでパーティから追放した。
14番と某はそれを見た途端、感激してその場で何回も宙返りをした。しかしまだまだ地獄は終わっていなかった。
パーティはそのあとすぐに他のSランクの神官を入れた。予定ではそこからケインとその神官の実力差に驚いて、その神官をやめさせるのだ。
しかしパーティはその神官の力不足を嘆くことはなかった。予想通りだったらしい。ほかの冒険者のことを調べもせずに自分の仲間を追放するほど馬鹿な奴がSランクにはなれないということなのだろう。
ケインを追放した後も普通に仲良く冒険をして、それなりの毎日を過ごしましたとさ。めでたしめでたし。
某と14番は怒り狂った。目の焦点が定まらず、意識が不明瞭になるまで暴れ続けた。神界の病院に二人そろって運ばれ、それを見た依頼主が依頼を取り消してくれましたとさ。俺たちの闘病生活は始まったばかりだ!