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「……あの、今日も何の用ですか?」
「……ただ仕事の話をしに来ただけです」
「仕事……ね」
冷血と有名な宰相様が今日も私の家を訪れる
毎日毎日、可愛らしい花を手に持って
おかしいな、なんでこんなことになったんだ?
この男、あんなに私を嫌っていたはずなのに……
追い返そうと思うが言葉は出てこず私は渋々、手土産の花を受け取り家の中に男を招いたのだった
私の異世界生活の始まりは突然だった
「お母さん、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
学校に遅刻しそうで、全速力で走っていた私は
横から猛スピードで走ってくる車に気がつかなかった
逃げることもできず、私の身体は弾き飛ばされ、その衝撃で視界は暗転する
目を覚ますと見慣れない場所で見知らぬ人達に囲まれ拍手をされていた
「よくぞ来てくださいました、英雄様」
「我らの国をお守りください」
「……へ?」
これはいわゆる異世界転移というものだろうか
私の周りにはゲームの中でよく見る魔術師や騎士のような格好の男達がたくさんいた
赤いカーペットの先では玉座に座った王様と王妃様らしき人物が私を見て喜んでいる
そんなとき、私はふと玉座の横にいる1人の男と目が合った
銀の髪に涼しげな目元、驚くほど整った顔立ちではあるものの、その美しさのせいか目つきの悪さのせいか冷たい印象を与える男
その男は私を強く睨み、すぐに目を逸らした
なんなの、あの人……会っていきなり睨むなんて
「英雄様、よろしければお名前を教えてはいただけませんか?」
魔術師のような格好をした年老いた男が私に近寄り、話しかけてきた
「アオイです」
「アオイ様ですか、素敵なお名前です
貴方様にはぜひとも我が国を救っていただきたいのです」
「なんで私が……」
「それは私が説明しよう」
王様らしき人物の声で視線がそちらに集まる
「我が国は今、壊滅の危機に瀕しているのだ
邪悪な力を持つ魔王が我が国を手に入れようと
攻め込もうとしているのだ」
「魔王……ね」
よく耳にしたストーリーに私の頭は少しだけ落ち着いた
「魔王を倒せる力を持つのは異世界より舞い降りし
英雄だけなのだ」
「私に魔王を倒して欲しいということですか?」
「その通りだ、金も人材も全てこちらで用意する
これは選ばれし者の使命なのだ」
「嫌です、元の世界に帰してください」
「……なっ?!どういうことだ」
黙って聞いていれば、なんで私が英雄というものをしなければならないんだ!国を守るためと言われても、来たばかりの国を守ろうなんて気持ちどこにもない
私は家に帰りたい、ただそれだけだ
「英雄なんて私ができるとは思えません、家に帰らせてください」
「お前……誇りに思うべきなのだぞ!この国の役に立てることを」
「私にはできません、帰してください」
「この小娘が……生意気な!」
王様は玉座から立ち上がり、怒りを露わにする
「アオイ様……どうか陛下の言う通りになさってください」
私に最初に話しかけてきた魔術師が私に縋り付く
そんなこと言われてもできないものはできないし、家に帰りたい
断ろうとするが、その魔術師は私にある事実を告げた
「……アオイ様が元の世界に帰ることはできません
この儀式で呼び出される魂は元の世界で亡くなったものなのです」
「わ、私……死んじゃったってこと?」
「心当たりはございませんか?」
思い当たる節はある、十中八九あの車に撥ねられたからだろう
なら私は二度と……家族にも友達にも会えないってこと?
私が膝から崩れ落ちると、魔術師のおじいさんは私を慰めるように背中を撫でてくれた
「しかしアオイ様には二度目の人生が与えられました
どうか英雄として国をお救いください」
「……考えさせてください」
私はどうにか声を絞り出し、侍女らしき人達が部屋に案内してくれた
私がいなくなった部屋では大人たちが不満を漏らしていた
「やはり今回の英雄もこの程度か……」
「まだ子供だ、良いように言いくるめれば浮かれて
自分から戦うようになるさ」
「世話係をどうするか……」
「問題を起こさなければいいけどな」
と口々に召喚された英雄への苦言を呈す
「そのようなことを口にするな、我々は助けてもらう立場なのだ」
年老いた魔術師は部下たちを窘める
「静まれ、あの小娘の世話はレオナール
お前がやれ……躾は頼んだぞ、私に絶対に逆らえないよう私の素晴らしさを叩き込んでやれ
手綱もしっかりと握っておくように
あの娘が問題を起こせばお前に罪を問う、いいな?」
「……承知いたました、陛下」
レオナールと呼ばれた年老いた魔術師は頭を下げた
その様子を玉座の隣で立っていた若い男が忌々しそうに見つめていた
案内された部屋は漫画や小説の中に出てくる貴族の部屋そのものだった
綺麗で広くはあるものの、慣れない部屋では落ち着かない
とりあえずベッドに横になると、死んでしまったことや英雄になってしまったことが頭の中に嫌でも浮かぶ
さっきまでは衝撃て感情が追いつかなかったけど
1人にされると胸の奥から感情が湧いてくる
家族に会えない?戻れないの?友達にも二度と?
英雄ってなに?命懸けで戦うの?なんで私が?
考えれば考えるほど気持ちは沈み、ポロポロと涙がこぼれ落ちる
誰もいない部屋で私は声を殺し、ひたすら泣いた
いつの間にか日が暮れており、私はベッドから身体を起こした
泣き疲れたせいかお腹が減った
食べ物を貰わないと…泣き腫らした顔を水で軽く洗い部屋の外に出た
部屋の外には誰もおらず、長い廊下が続いていた
どこに行けばいいかが分かるはずもなく、躊躇うが
お腹は空いている
空腹に我慢できず、私はあてもなく廊下を歩き始めた
窓から差し込む月明かり、空を見上げると月の横にもう1つ光っている大きな星がある
異世界に来てしまったんだなとまた気分が落ち込んだ
でもそろそろ前を向かないと
落ち込んでいたって何も始まらない
廊下を歩いているうちに階段を見つけた
下に行ったら台所でもあるかな?
階段を降りていき、1階についた
暗い廊下に明かりが見える
扉の隙間から光が漏れているようだ
部屋の中に誰かいるかもしれない、事情を言ったら
食事をくれるかも……
私はドアノブに手をかけた
「ほんと、なんで私たちが英雄様の世話なんてしなきゃなんないのかしら」
部屋の中から声が聞こえてきて、私は咄嗟に扉から手を離した
「どうせまた酷いやつに決まってるのに」
「調子に乗らせたら終わりよ、気をつけないとね」
「男の人ならよかったのに、イケメンだったら
我儘でも我慢したわ」
「それはそうね、あんな女に私たちが尽くす必要ないのよ」
「食事だって自分で作らせましょ?庶民に作る必要なんてないもの」
「掃除だって……」
女性たちが私の話で盛り上がっている
部屋の中に入れるわけもなく、私はその場から立ち去った
食欲は消え失せ、私は部屋に戻ろうと階段をのぼった
歓迎されてない、それが分かっただけでもよかった
どうして呼びつけたくせに私を嫌うんだろう
ため息をつきながら部屋までの廊下を歩いていると
部屋から出てきた誰かとぶつかった
「いたた……すみません」
尻もちをつき、咄嗟に謝るが返答はない
誰とぶつかったんだと、上を見上げると
そこにいたのは玉座の隣にいたあの男だった
私と目が合うと男は美しい顔を歪ませ、私をまた睨む
男は私を完全に無視し、立ち去ろうとした
なんなの、ほんとに
誰も彼も私を嫌って…ストレスが溜まってたんだろう
私は理不尽な扱いに対する怒りで一瞬我を失ってしまった
「なんなんですか、私をどうしてそんなに嫌うんですか!」
目の前の男に感情を剥き出しにしてしまう
男は足を止め、こちらを見下ろした
男が口を開いたかと思えば、私に冷たく言い放った
「……英雄と言われて調子に乗っているのか知らないですが、貴方はまだただの子供です、立場は弁えてください」
「……えっ」
そのまますぐに男は私の横を通り過ぎた
「ほんとに……なんなの?」
私は怒りと悔しさで目の前がグチャグチャになった
「おはようございます、英雄様」
「……おはよう」
ベッドで蹲っているうちに、朝になっていたようで
私の部屋に侍女がやってきた
「お着替えはこちらに、お食事は下の料理場にてお願いします」
「……うん、ありがと」
「朝食後は部屋でお待ちください、教育係の者が
いらっしゃいます」
「教育係って?」
「私も詳しくは存じ上げません、それでは失礼いたします」
それだけ伝え、侍女を立ち去った
嫌われてるな、完全に
でもここで諦めるわけにはいかない
嫌われているなら好かれるために頑張らないと
私はここで生きていくしかないんだから
鏡の前に立ち、笑顔をつくる
大丈夫、これならいける
私は感情に蓋をして、部屋の外に出た
料理場に行くと、私が来たことに驚いたのか
料理人らしき人達が手を止める
「おはようございます、初めまして
今日からお世話になりますアオイです
食事を作りたいんですが、食材をいただいても?」
「えっ……あぁもちろんです」
「ありがとうございます!」
食料庫に連れてこられ、好きに使っていいと伝えられる
簡単なものでいいかと、ベーコンと卵、そしてパンを手に取った
フライパンの上にベーコンをのせ、焼いていると
私が気になったのか料理人の中で一番若そうな男が話しかけてきた
「あ、あの……英雄様、どうしてご自分でお食事を?」
「自分で作るように言われたんです、迷惑でした?」
「自分でつくるように…?!だれに?!」
「ごめんなさい、名前までは聞いてなくて」
「…そうでしたか、失礼いたしました
次からは私たちがお食事を持っていきますので……
大変な無礼をお許しください」
「いいんですよ、私料理つくるの好きですし
それにここの方が寂しくないですしね
よかったらここで食べてもいいですか?城の皆さんと仲良くなりたいんです…」
「英雄様…わかりました、よければいつでも来てください」
若い男はニコッと笑った、この世界に来て初めて
優しさに触れたような気がした
「俺はハンスって言います、よければ敬語でなく
軽くお話ください」
「それならハンスも敬語はやめてよ」
「……でもそれは」
「だって英雄様なんて言っても庶民だからね
名前もアオイでいいし、ダメかな?」
「……わ、わかった」
「ありがと、ハンス!」
それから二人で話しているうちに、周りで見ていた
人たちも近寄ってきた
料理場の人たちは私に対する偏見はあまりないらしく、すぐに打ち解けることができた
「ねぇ、ハンス
なんで私って嫌われてるのかな?」
「あぁ……気づいたか?アオイは悪くねぇんだよ
ただ英雄様のことで過去にいろいろあってな」
「いろいろ?」
「俺が教えてやるよ」
私たちの話を聞いていたハンスより少し年上のビルという男が会話に参戦してきた
「この国は10年に1度、こうやって英雄様を呼び出すんだよ」
「10年に1度?魔王を倒すためだっけ?
そんなにすぐに復活するの?」
「そうらしいぜ、そんで10年前の英雄様もその前の
英雄様も横暴で嫌われ者だったらしい」
「横暴って……」
「英雄様ってさ、なんかすぐに調子に乗るんだと
ある日特別な存在になって、周りから褒め称えられて心が歪んでいくらしい」
「そうだったんだ…」
「俺たちは過去の英雄様と会ったことはねぇから
実感はないんだけど、会ったことあるやつは
酷く嫌ってる」
「過去の英雄様は何をしたの?」
「俺の親父によると国の金で散財したり、気に入らないヤツがいれば暴力をふるったり、罵ったりしてたらしいぜ、英雄様のせいで多くの人が被害を被ったらしい」
「……それはたしかに嫌われても仕方ないね」
「おい、ビル!アオイは前の英雄様達とは関係ない!
そんな話しなくてもいいだろ」
「教えろって言われたから教えたんだよ、俺だって
アオイちゃんがそんな子だとは思ってないさ」
「……」
ハンスとビルは私を励ましてくれたけど
私がそんな人たちと一緒だと思われていることが
悲しかった
あれ、なんか焦げ臭い
ベーコンと卵を焼いていたはずのフライパンの中を
見てみると出来上がっていたのは真っ黒な何かだった
「アオイって……料理できないんだな」
「そうだった、私料理ド下手くそなんだった」
「俺らが作ってやるから待ってろ」
「ありがと……」
異世界生活は前途多難である
ハンスやビルといった若い料理人達とは仲良くなれたが、ベテランの料理人達は私に近づこうとしなかった
食事を終え、私が調理場から出ていったのを確認すると、ようやくベテラン料理人達が口を開いた
「ハンスもビルも英雄様に気を許すんじゃないぞ」
「なんだよ、アオイいいやつだったぞ」
「アオイちゃん可愛いし」
「……前の英雄様もそうだったさ、最初は普通の子供だった」
「最初は?」
「変わっちまうんだよ、人間は
だから信じるな、どうせ裏切られる」
「そんなことねぇって!」
「……俺の顔にある火傷、誰につけられたと思う」
「えっ……まさか」
「前の英雄様につけられた、最初は友人のように
喋っていたさ、でもだんだんと彼は横暴になっていってな…注意した俺に熱湯をかけた」
「……うそだろ」
「だから信じるな、わかったら仕事に戻れ」
私はその会話をこっそり聞いていた
私も変わると思われてるのか、そんなことするはずないのに
私は調理場を後にし、部屋に戻った
部屋で待っていると、扉がノックされ、扉が開かれた
「昨夜はゆっくりお休みになられましたか、アオイ様」
「あぁ、昨日の……」
昨日の魔術師らしき人が私の部屋にやってきた
「昨日は名乗れず申し訳ない、私はレオナールと申します、この国の魔術師の長をしております」
「魔術師……やっぱりこの世界には魔法があるんですね」
「アオイ様の世界には魔術はないと聞いております」
「知ってるんですか?」
「はい、英雄様がいらっしゃる世界のことは
昔から受け継がれていることでありますので」
「ようするに…英雄が元いた世界は一緒ってことですか?」
「はい、その通りです」
レオナールは私に笑って話しかけてくれはするが
やはりどこか警戒しているようで、距離を遠く感じる
「…レオナールさん、前の英雄達について噂で聞きました、私はそのようなことをしないと誓います
信じてはいただけませんか?」
「……お聞きになったのですか」
「はい、過去の英雄たちが迷惑をかけたと」
「……もちろん、信じております
アオイ様はそのような方には見えませんので」
「あ、ありがとうございます……」
穏やかに笑ったレオナール
信じてくれたんだと私は笑顔を返す
「アオイ様にはこれから、魔王討伐のために
魔術、剣術、勉学に励んでいただきたいのです」
「あの、私英雄と言われてますけど、別に才能があるわけじゃないですよ」
「英雄様は必ず特別な力を持ってこちらに来られるのです、なので大丈夫ですよ
基礎は学んでいただきますが、すぐに習得されることでしょう」
「……わかりました」
「私からは魔術の方を教えます、剣術と勉学については別の者を用意しておりますので」
「とりあえず…よろしくお願いします」
「はい、共に頑張りましょう」
やる気を見せる少女とは裏腹に、レオナールの心は暗く沈んでいた
最初は皆そういうのだ、自分は絶対に落ちぶれはしないと
その言葉が実現したことはなかったが……
「では、アオイ様
魔術の修練場に向かいましょうか」
「はい!」
魔王とか、戦うとかよく分からないけど、とりあえず生きていくために今は強くなることに集中しよう
強くなれば皆も私を認めてくれるかもしれない
私は意気揚々とレオナールについていった