6.寂しい
5年前。父さん、母さん、妹と一緒に父の故郷である宮城に旅行に行ったときのことだ。
久々にじいちゃんとばあちゃんに会えたし楽しい旅行だったと思う。…あの事故が起こるまでは。
トラックのガソリンに引火しての爆発事故だった。目の前を走っていた俺たちの車は爆発にもろに巻き込まれた。
爆発の中、父さんと母さんが命懸けで俺と妹を車の中から逃がしてくれたらしい。
2人共、救急隊が到着した時にはもう亡くなっていたそうだ。
俺と妹はすぐ病院に運び込まれたが、助かったのは俺だけだった。俺は爆発の衝撃で気を失っていたから、目が覚めた時には病院のベッドの上で、全てを聞かされた俺は絶望した。
その後、じいちゃんとばあちゃんと一緒に暮らすことになったが、すぐにばあちゃんも事故の際の心労が原因で亡くなってしまった。じいちゃんとは2人きりだったけど、仕事を分担したり、一緒に出かけたりして、なかなか楽しい生活を送っていたと思う。
その時に転入した中学で春馬に出会った。俺たちはすぐに意気投合し、春馬が高校進学を機に上京すると聞いて、俺も古見を受験すると決めたんだ。
でも、その前にじいちゃんが老衰で亡くなった。考えてみれば、息子夫婦と孫、それに自分の奥さんまで亡くしているんだから、寿命が縮まるのも仕方のないことだ。それでも、俺には一切そんな素振りは見せなかった。
「そしてこっちに引っ越してきた。そこからは知っての通りだよ」
一通り話し終え、優心は綾乃の方を向く。そこには、必死に涙を堪えている綾乃の姿があった。
「氷川さん、えっと、大丈夫?」
「ひぐっ………うん、私は、大丈夫。ううっ、少し、自分と重ねてしまって。……私と同じ、だったのね……」
最後の方は声が
「氷川さん、ありがとう。俺の話をこんなに一生懸命に聞いてくれて」
「ふぇぇぇぇえっっ!?ちょっ、戸張くん、頭、撫でっ……………!!!」
「ごっ、ごめん!!!!昔の妹みたいでつい……………」
優心はすぐに手を放す。ほんのわずかに綾乃は寂しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもと同じ仏頂面、しかしどこか悲しそうな表情に戻る。
「………きっと、寂しかったのよ。私も、一人暮らしを始めたばかりの頃は心細くて、人の温もりが恋しかったもの。…だからなのでしょうね、あなたがあれだけ挨拶を求める理由は」
「えっと、それってどういう………」
「自分では気がついていないの?あなたも寂しかったのよ。それはそうよ、15歳の時にはもう家族は誰一人として居なかったのだから」
「そうなのか?自分じゃもう過ぎたことだと思ってるけど」
何だか気恥ずかしくなり、気を紛らわすためにすっかり冷めた味噌汁を飲む。
その瞬間、涙が止まらなくなった。
「ちょ、ちょっと!?戸張くん大丈夫!?」
「あ、あれ?何でだろう、おかしいな…」
もう、味噌汁は冷めているはずなのに。
心の奥がとても暖かくて。
足りなかった何かが埋められていくような。
ああ、そうか。
氷川さんの言った通りだったんだ。とっくに割り切ったと思っていたけど。
なんだ、俺、寂しかったんだ。
「と、とりあえずハンカチ。どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
優心は涙を拭う。その間、綾乃は一言も発さずに見守っていた。
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数分後、落ち着いた優心は再び口を開く。
「ごめん氷川さん。せっかくの食事なのにこんな雰囲気にしちゃって」
「気にしないで、聞いたのは私だし。こちらの方こそごめんなさい、軽々しく聞いていいことじゃ無かったわよね。私だって家族のことを聞かれるのは嫌なはずなのに」
「いやいや、人にはそれぞれの事情があるから。それに、聞いてくれてむしろ嬉しかった。見ないようにしてた自分の弱い部分を理解できてすっきりしたよ」
「それなら良かったわ。これからも何かあったら言ってちょうだい。話を聞くことくらいなら出来るから」
「氷川さんの方こそ困ったことがあったら言ってくれ。俺たちはお隣さんなんだから」
「そうね。お隣さん、だものね」
続けて、綾乃は何かを決心したような顔で話す。
「早速、1つ提案があるのだけど」
「提案?」
「ええ。毎日私にご飯を作らせてくれないかしら?」
「ええっと、それは俺の家でってこと?」
「そういうことになるでしょうね。私の家だと色々問題があるでしょうし」
「いや俺の部屋でも大問題でしょ。年頃の女子が男の部屋に入るなんて……。それも毎日」
「だとしても見てられないのよ。あなたの食生活はなかなかアレだし。それに、2人で食卓を囲めば少しは寂しさも紛れると思うの。どう……かしら?」
うっ、そんなことを言われたら断れない。
「分かった。じゃあ晩ご飯を一緒に食べるってことで」
「お昼もよ。時間が空いている日はお昼も一緒に食べたいのだけど」
「そこまで面倒見てもらうわけにはいかないよ。氷川さんも大変だろうし」
「大変なんかじゃないわ。自分がやりたいだけだし。本当は朝もお願いしたいくらいだけれど……」
「朝はさすがに時間がないだろ?でも、急にどうしたんだ?こんなことを言い出すなんて」
すると、綾乃は恥ずかしそうに頬を染めながら、
「だって、誰かと食事なんて久しぶりで……。1人で食べるよりもよっぽど美味しく感じたの。それに………私だって寂しいのよ。1人での食事はずっと味気ないものだったから。あなたも分かるでしょう?」
「そうだな、今日の食事はとても心が暖まるものだったから。少し格好悪い姿はみせたけどな」
「ふふっ。格好悪くなんかないわよ。5年間も溜めていたものを吐き出したんだもの。無理もないわ」
「……っ」
え?今、自然に笑った?初めて見たけど、思わず見惚れてしまった。それくらい彼女の笑顔は綺麗だった。
「どうかしたの?私の顔をじっと見て。顔に何かついているかしら?」
「い、いや。なんでもないよ、気にしないで。それよりさっきの話に戻るんだけど」
危なかった、見惚れていたなんて正直に言えるわけ無いからな。
「誤魔化されたような気がするけれど……まあいいわ。それで、いつがいいかしら?」
「俺は部活もバイトもやってないからいつでも大丈夫。氷川さんの方こそ忙しいんじゃない?」
「ああ、あれ?あれはスーパーの特売があるから早く帰りたいだけよ」
「意外だな。氷川さんってそういうの気にしない人だと思ってた」
「私のことをなんだと思ってるのよ。一人暮らしをしている以上、節約できるところはするようにしているわ」
そうだったのか。俺の中での氷川さんのイメージがどんどん変わっていくな。
「それじゃあ、お互い何か用事がある時以外は毎日ということでいいかしら?」
「そうだね。それで材料費なんだけど、俺に出させてくれないかな?やっぱり作ってもらう訳だし、これぐらいはしないと」
「いらないわよ、別に2人分作るだけでそんなに材料が増えるわけでもないし。それにこちらは場所を提供してもらうのだし」
「いやいや、それじゃ氷川さんの負担が多すぎる。俺は、お互いが寂しくないように落ち着ける関係づくりをしたいんだ。ならせめて半分出させてくれないかな?」
そう言うと、綾乃は少し悩んだような素振りを見せて、
「そういうことなら、分かったわ。お互いが遠慮しすぎないような関係を目指しましょう」
「うん、これからよろしく」
「こちらこそ我が儘聞いてくれてありがとう。その分腕によりをかけて毎日晩ご飯作るから」
どちらからともなく手を伸ばし、握手を交わす。
こうして、天涯孤独の少年と寂しがり屋な少女との奇妙な隣人生活が幕を開けた。
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