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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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53.まだ、やり直せる

 



 車内は誰一人として口を開かず、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 それでも皆の顔からは、綾乃をなんとしてでも取り戻すという覚悟が見て取れる。


 何故なら、綾乃と過ごす日々を変えがたいものだと思っているから。それだけ綾乃のことが好きなのだ。


 その中でも、優心は柄にもなく緊張していた。




(この先で何が待ってるんだろうな………)


 外の景色を見ながら、心臓がうるさく音を立てる。


 結局、綾乃の身に何があったのかは分からず仕舞いだ。

 あの綾乃が書き置き1枚だけでいなくなるなんて、余程のことがないとありえないだろう。短い付き合いだが、同時に濃密な時間を過ごしてきたとも感じているから、不義理なことをするような人じゃないと理解している。


 だからこそ、俺は問い詰めなければならないことがあるんだ。






 ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ———







 花火大会は明日に迫っているというのに………はあ。私は何故このようなことをしてしまったのだろう。

 たった1枚の書き置きだけで出てきてしまうなんて、あれじゃ優心でも何も分からないわ。




 きっかけは些細なことだった。折角だし、浴衣でも着てみようと思って実家に取りに行こうとしたのだ。

 確か、お母様が昔着ていたものがあったはずだから。とても綺麗な姿が印象に残っていて、幼い頃はいつか着てみたいなぁ、なんて密かに思ったりもした。


 でも実家を飛び出してきたから、こっちに持ってくることはできなかった。

 あれから2年が経って、私なりに覚悟もした。家族と相対する覚悟を。


 ………思えば、それがいけなかったのでしょうね。あの家族に少しでも気を許したのが間違いだった。


 思い切って連絡をしたところまでは良かった。でも私の話をする前に向こうから、要件があると話を遮られてしまった。

 その要件というのが見合い話だった。優心以外の男とは関わりたくもないのに。


 そこから、あれよという間に押し切られてしまった。売り言葉に買い言葉で最後には、見合いが終わったら好きにしていい、と譲歩されたことでつい乗ってしまったのだ。




 だけど父は初めから私を自由にする気なんてなかった。肝心の見合い相手はいつまで経っても現れず、ただ何もない自室に延々と拘束されている。

 多分、見合い話なんて適当にでっち上げた嘘だったのでしょうね。


 話し相手は食事を届けに来る妹だけ。その妹も、はい、そうですか、とそっけない返事をするのみでとても会話になっているとは言えなかった。


 こんな時優心がいてくれたらって、何度も考えた。でも彼と会うことはもうないでしょうね………


 あんな紙1枚じゃ幻滅されて当然だし、私のことを探しようもない。………そもそも探してくれると思っているのが図々しいわね。ああ、本当に嫌になる。


 スマホも取り上げられたし、やることがない。テレビを見ていても何の感情も湧いてこない。ただのノイズとしか感じなかったのですぐに消した。


 廊下をトタトタと小走りする音が聞こえる。………何かあったのかしら。この家の人は使用人であっても滅多に動揺することはないのだけど。


 私の部屋の前で足音が止まる。…ということは、とうとう来てしまったのね。


 使用人がノックをし、私は許可をして戸を開く。そこには深くお辞儀をしている、私と同じくらいの歳の女性がいた。




「失礼します。綾乃様、相手の方がそろそろ到着されるとのことなので、準備の方をお願いしたく存じます」


「………分かりました。どこに行けば良いですか?」


「私に着いてきて下さいませ」


 私も立ち上がって、その少女に着いていく。………こんなに若い使用人なんていたかしら?新しく雇ったとは考え難いし………親族の子といったところでしょう。


 すると少女は、何もない壁の前で立ち止まって私に語りかけてくる。


「綾乃様、本当はお見合いなどしたくないのではありませんか?」


「………どうして、そう思ったの?」


「見てれば分かりますよ。嫌という意志が顔に出てますし、何より…恋する女の子の顔をしていますから」


 まあ、私にはどうすることも出来ませんが、となぜか自嘲するように言って再び歩き出す。


「待って、貴女は誰?少なくともこの家の使用人ではないでしょう。だってこの家では()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「まだ続きがあるのではないですか?というか。私の正体、気づいているのでしょう?」


「ええ、そうね。この家で私に口答え出来るのはお父様、そして琴乃、貴女だけなのだから」


 この子の名は氷川琴乃。私の妹であり………………私をこの家から追い出した張本人。


「流石は姉様です。その聡明さ、いつも尊敬しております」


「しておりました、の間違いじゃないかしら?私に尊敬の念なんて微塵も抱いていないでしょうに」


「断じてそんなことはありません!」


 琴乃がいきなり大声を出し、広い廊下に響き渡る。

 遠くから、何事かとざわめきが聞こえてくる。これ、見つかったらまずいのではないかしら?琴乃の独断で動いているようだし。


 そう思ったけど、これも琴乃の策だったらしい。


「姉様、こちらです」


 そう言って琴乃は、目の前の壁を()()()()()。その中には細い道があった。

 びっくりしたけど、質問している暇はなさそうね。今はこの状況をどうにかできるなら何でもいいわ。


 二人は隠れ道に入る。琴乃はもう一度壁を回転させて元に戻した。


「それで………ここは一体………」


「ここは私が秘密裏に作らせた隠し通路です。いざという時………いえ、この時のために誰にも教えず隠し通してきました」


「なんでそんなことを………」


 琴乃は私のことが嫌いなはず。でなければ追い出したりなんかしないはずだもの。


 そう考えた綾乃だったが、実際はその逆であった。


「姉様はいつかこの家を出ていかれると思っておりました。母君の体調も優れず、父様との関係も冷え切ったまま………だから私は姉様を逃がす計画を立てたのです」


「逃がす………?えっと、私のことが嫌いになったのではなくて………?」


「そんなこと有り得ません!お父様からの接触禁止令が無ければ、もっと一緒にいたかったくらいです!」


 琴乃がそんなことを思ってくれていたなんて………………今からでも、間に合うのかな。


「………ありがとう、琴乃。ねえ…私たち、まだ姉妹でいられるかしら」


「当たり前です!これが終わったら、父様のことなんか忘れてやり直しましょう!」


「ええ、楽しみね。…ところで、この道はどこに繋がっているのかしら?」


「誰も知らない隠し部屋です。そこに荷物も用意しているので、それを持ってすぐに逃げて下さい」


「何から何までありがとう。………今度はもっと、ゆっくり話せると良いわね」




 二人は暗い道を歩き続ける。その先が未来に繋がっていると信じて。




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