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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第二章 今はまだ遠くても誰よりも近いから
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19.負けられない戦い 前編

長くなりそうなので2話に分けます

 


 ついに始まった体育祭。優心が出場する種目は、全員参加の騎馬戦とリレー、それに加えて個人種目の借り人競争。この3種目だ。


 古見高校では学年関係無くクラス単位で組をくじ引きで分け、それぞれ、赤、青、黄色、緑となっている。各組ごとに対応した色のハチマキを着けるのがルールで、これを守らなければ減点されてしまう。

 主なルールはそのぐらいで、後は怪我に気を付けるだとか、反則せず正々堂々と戦う、といったように私立高校にしては珍しくかなり緩い感じになっている。


 だが、優勝した組———その中で最も活躍したクラスには打ち上げの場所と資金という商品があるため、生徒達は皆全力で臨むのが慣例となっている。なお、打ち上げ場所は大抵学校の体育館である。


 そんな体育祭にも、現在進行形で仮病を使って休めばよかったと後悔している男がいる。もちろん優心だ。次の競技は騎馬戦———つまり、今から全校生徒の前で上裸になるということである。彼の目は死んでいた。もう諦めない、逃げないと誓ったが、一瞬で破りそうな勢いだ。

 だが逃げられない。春馬達が逃がしてはくれない。


「今更逃げようとしても無駄だぞ優心。ジョージも孝太もお前を逃さないし、お前の活躍を楽しみにしてる人だっているんだから」


「そんな人がいると思うか?」


「少なくとも1人はいるな」


 誰だ?少し考えてみたが全く思いつかない。氷川さんはただの隣人だし、山﨑さんもそれほど関係が深い訳じゃない。

 春馬も教えてくれなさそうだし、これ以上考えるのはやめよう。



 やがて前の種目が終わり俺達の出番になる。前の種目は1年生の玉入れなので、秋津さんとすれ違う。


「頑張ってください先輩。後で綾乃お姉様にも会いに行きます」


「お、おう。そっちこそ頑張れよ」


 そう言って秋津さんはこちらにパチっとウインクをしてくる。秋津さんってあんなにあざとかったか?………いやお姉様ってなんだよ。いつの間にそんな呼び方をするようになったんだ。あの時以来秋津さんとは会ってないはずなんだが、俺の知らないところで2人で会っていたのだろうか?


 そんなことを考えていると、入場の合図がかかる。俺達は入場した後、組ごとに分かれて待機する。ちなみに俺達は青組だ。

 騎馬戦のルールはトーナメント戦で、安全面を考慮して騎手の頭に巻かれたハチマキを取り合う方式だ。俺達は2試合目からなので、1試合目の赤組と緑組の試合を観戦する。

 試合開始直前になって騎手が服を脱ぎ捨て、周りから歓声が上がる。次は俺達の番か………憂鬱だな。


 そうして始まった赤組対緑組の試合。赤組には運動部の中でも実力がある生徒達が集まっているらしく、序盤から緑組を圧倒し、落とされた騎馬は一騎だけというほぼ完璧に近い勝利を収めた。


 赤組のエリアでは歓声が上がったが、緑組のエリアではあまり落胆の声は上がらなかった。おそらく初めから諦めていたんだろう。緑組には運動が得意な生徒が少なかったようだしな。くじ引きで決められた以上、仕方のないことではあるが。


 1回戦を終えた面々が自らの待機場所に戻り、とうとう出番がやってくる。………いやめちゃくちゃ注目されてるな。校内でもかなり有名な面子が揃ってるからな。俺だけは悪い意味でだが。


「それでは両軍の皆さん!服を脱ぎ捨ててください!」


 この時がやってきてしまった。他の皆はもう服に手を掛けている。こうなったら…ええい、ままよ!




 その瞬間会場がどよめいた。かなりの人数が優心に注目していたため、どよめきが広がるのに時間はかからなかった。

 痩せているように見えていた服の上からは想像もつかない程鍛え抜かれた身体。割れた腹筋。盛り上がった上腕。その全てが、会場の視線を否が応でも惹きつける。


 一方の優心は困惑していた。周囲の視線がこちらに向けられているが、何がなんだか分からないといった様子で、春馬達に聞いても笑うばかりでまともに取り合わない。理解することを放棄した優心は、羞恥心を抑え込んで開始の合図を待った。


 綾乃はその姿に目を奪われていた………わけでは無かった。そもそも普段から鍛えていることは知っていたし、優心も特段隠しているわけでも無かった。初めて見た時は驚きもしたが、鍛えている事情を知ってからは軽々しく口にすることは出来なかった。優心は気にするようなことじゃないと言うが、綾乃は優心の感覚が麻痺しているだけだと思っている。

 なお、周りに居た雛、桜、可奈はキャーキャー騒いでいた。




 騒ぎが少し落ち着いたところで、再開するとの告知があった。その間、優心は春馬達に笑われ、チームメイトからは質問責めに遭った。理由を説明した時には、予想外の内容に全員が絶句した。


「俺はじいちゃんと2人きりで暮らしていた時に、代わりに力仕事を任されることも多かったんだ。だから自然と鍛えるようになったし、生活してるだけで鍛えられるようになった」


「そういえば戸張は田舎の方で暮らしてたんだっけ?」


「そうだ。じいちゃんが死んでからもその生活は変わらなかった。春馬と関わるようになって、俺自身が悪意の標的になることもあった。自分の身を守る意味でもずっと鍛えてたんだよ」


「いや…なんか…すごいなお前。俺だったらとっくに諦めてるよ」


 別のクラスの男子が言う。そう感じる者も多かったようで、何人も頷いていた。優心自身はそう重い話ではないと捉えているが、周りはこんな経験などしてこなかったので、同情の念を抱いていた。

 それと同時にこの体育祭は絶対に負けられないとも思った。こんな話を聞いてしまったら、優心のために勝ちたいと思うのはクラスメイト、ひいては同じ組の仲間にとって必然であった。


 そこには、今まであった偏見や悪感情といったものが一切無くなっていた。


 騎馬を作って待機する。そして開始の合図となるピストルが鳴らされた。


 彼らの負けられない戦いが、始まる。



お読みいただきありがとうございます!

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