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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第二章 今はまだ遠くても誰よりも近いから
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18.進む覚悟

 



 綾乃から予想外の攻撃を受けた優心は、夕食後に話し合うため食器を洗っている綾乃を眺めていた。



(エプロン姿もなかなかグッとくるな)


 綾乃は夕食時もエプロンを着けたままにしている。そして夕食を終えるとすぐに食器を洗う。そのため、食器を洗うときもそのまま流しへと向かうのだが、その姿が優心の好みに刺さっていた。

 曰く、料理をする時にエプロンを着けるのは普通だが、食事後にエプロンを着けているのはどこか家庭的に感じるらしい。


 優心の好みの話はさておき、それだけの時間眺めていればさすがに視線に気付くというもの。綾乃は振り返って優心に言い放つ。


「何をそんなに見ているのかしら。そんなに面白いものなんか無いわよ?」


「いや、エプロン姿も似合うなあ、と」


「何言ってるのよ。毎日見てるじゃない」


「食器を洗っている時の方が家庭的でいい感じなんだよ」


「何よそれ」


 この人はやはり自分の魅力を理解していらっしゃらない。自分の容姿が整っている自覚はあるようだが、俺たちが思っている可愛さよりもかなり控えめに見積もっているように思う。


 どうしたら彼女に自身の魅力を理解させることが出来るのだろうか。いっそのこと本人の目の前で一つずつ挙げていこうか?そうすれば、普段どう思われているか少しは分かってくれるかもしれない。


 でもそれは今することじゃないな。目前に迫った体育祭の話をしなければ。


「まあそれは置いといてさ。体育祭のことなんだけど、どうしようか?大山先生はとんでもないこと言い出すし」


「とんでもないこと?なら貴方は私のことを大切だと思っていない、ということかしら?」


「そんな訳ないだろ。返事に困ることを言うのはやめてくれ………」


「ふーん、そう。では何故嫌がっているのかしら?」


「嫌がってる訳じゃないんだけど………。少し恥ずかしくてさ」


 当たり前じゃないか。そんな言葉を高校生が聞けば、ほぼ確実に反応するだろう。しかもそれがあの氷の女王ともなれば騒ぎになることは避けられないだろう。俺だって大きな声で誰よりも大切だって言ってやりたいが、勘違いされるのも嫌だ。俺はただ氷川さんの笑顔が見たいだけなのに、そのせいで迷惑を掛けてしまったら本末転倒だ。


 もっと迷惑を掛けずに済む方法は無いだろうか、いくら考えても思いつかない。まあ、最悪俺が全ての責任を負えば問題は無い。無かったはずなのだが………



「貴方、自分が犠牲になれば済む話だ、とか思っているでしょう。そんなの絶対に許さないわよ」


「いやそんなことは……………どうして分かったんだ?」


「この間と同じ目をしていたから。何かを諦めたようなその目、それ嫌いなのよね」


 どうやら完全にバレていたらしい。逃げられないことを早々に悟ったが、まさか目でバレるとは。確かに渡とやり合った時も、氷川さんに被害がなければ俺はどうなってもいい、とか考えてたけど……………諦めた、か。

 そうだな、俺は諦めていたんだろう。家族を失ったあの日から、ばあちゃんだけでなくじいちゃんも失ったあの日から、俺は生きる意味を見出せなかった。俺が、俺だけが生きている意味をずっと考えてきた。


 でも、何も無かった。本気になれるものも無ければ、前を向ける理由も無かった。逃げ続けてきた。

 氷川さんに出会ってからも、それは変わらなかった。波風を立たせないように、ただ静かに立ち回ることしか出来なかった。


 1年経って、氷川さんと過ごすようになって、変われたと思っていた。でも違った。変わったのは俺を取り巻く環境だけで、俺自身は何も変わっていなかったんだ。


 だから、変わろう。もう、逃げ続けるのはやめよう。前を向いて生きていくんだ。



「ごめん、もう何かを諦めることはしないと誓うよ」


「ええ、目だけじゃない。良い顔をしているわ。貴方は独りじゃない。私が、志田君が、雛だっている。それに津田君や黒田君もいるのでしょう?誰かに頼ってもいいの。迷惑を掛けたっていいの。全て1人で解決するのではなく、一緒に乗り越えていきましょう?」



 彼女は今まで見たことのない、とびきりの笑顔でそう言った。








 体育祭当日。

 天気は快晴。雲ひとつない青空だ。


 結局、俺達は先生の案を採用することにした。前を向くと決めたんだ、今更こんなことで恥ずかしがってられるか。

 先生は本当にやるのか、みたいな顔をしていた。あんたが言い出したんだろ。



「優心おはよーう!絶好の体育祭日和だな!」


「おはよう春馬。よくそんなテンションでいれるな。最後まで保たないぞ?」


「大丈夫だ、俺は学習する人間だからな。ペース配分はきっちりするぜ」


 家を出たところで春馬が待っていた。体育祭は学校のグラウンドとは別の会場を借りて開催するため、いつもの4人で集合して向かうことにしたのだ。

 そして春馬のテンションがいつもより高いのだが、これでも抑えているらしい。というのも、去年の体育祭でこいつははしゃぎ過ぎて、閉会式の頃にはガス欠に陥っていた。


 ちなみに今日は氷川さんと一緒に出てきていない。昨日の夜、4人分のお弁当を作る、と()()()()仕込みをしながら意気込んでいた。なぜ俺の家でかというと、夕食を作る時はこっちの調理器具を使うのだが、大和さんが気合いを入れて用意してくれた物なのでかなり良いやつを買ってくれていたようだ。

 それを使っている内にすっかり馴染んだらしく、お弁当もこちらで作らせてくれないかと頼まれた。俺としても無用の長物だったので、喜んで承諾した。


 そんなことを思い返していると、氷川さんがマンションから出てきた。


「あら、もう来てたのね。おはよう志田君」


「おう、おはよう氷川さん。……本当に同じマンションに住んでたんだな」


「なんだ?信じてなかったのか?」


「いやそういう訳じゃねえけど………なんか疑わないのも違うだろ?」


「………俺でも真っ先に疑うな」


「だろ?」


 どうやら春馬は多少疑っていたようだが、本当に同じマンションから出てきたので、ようやく信じてくれたみたいだ。


 さて、これで3人。そろそろ最後の1人———山﨑さんが来てもいいはずなんだが………遅いな。


「なあ、ヒナ遅くないか?」


「遅いな」


「遅いわね」


 2人も同じことを思っていたようで、しびれを切らした春馬が口に出した。そろそろ会場に向かわないと遅刻しそうなんだが……



「おっはよーみんな!いやー、今日はいい天気だね!」


「雛?その前に私達に何か言うことは?」


「遅れてすんませんでしたッッッッ!!」


 勢いよく頭を下げる山﨑さん。あまりにも勢いがすごかったため氷川さんが若干引いていた。気持ちは分かるよ、180度身体を曲げる勢いだったからね。


「まあいいわ。そろそろ出発しないと開会式に間に合わないわよ?戸張くんも準備とかあるだろうし」


「そうだね、学級委員と体育委員が遅れて行ったら流石に恥ずかしい」


「昨日あれだけ言っちまったしな」


「本当にごめ〜〜ん」


 そうして俺達は急いでバス停へ向かう。目的の会場はバスで5駅ほど行ったところにあるため、そこまで遠いという訳ではないが今回はその距離に助けられた。

 バス停に到着するなり、丁度バスが来たためそれに乗る。


 道中、山﨑さんはテンションが高いのに謝り倒すという奇妙な状態になっていた。





 会場に到着し、急いで自分達のクラスが集まっているところに向かう。まだ来ていない人も割と居たらしく、咎められることは無かった。

 出席を取った後、開会式の最終確認のために体育委員の集まりへと向かう。


 色々こなしている内に時間になったようで、自分のクラスのところに戻る。

 皆で並んで入場し、整列したところで校長先生が前に出てくる。お馴染みの長いスピーチというやつだ。今は5月だが今日は特別暑いらしく、早めに切り上げることにしてくれたようだ。


 校長先生の話が終われば、次は選手宣誓。務めるのはもちろんこの人。


「選手宣誓は2年3組、志田君。お願いします」


「はい!」


 体育委員の間でも満場一致で春馬ということになった。春馬の影響力を考えれば、一番やる気を出させるのに適任なのは必然であった。


「宣誓!俺たち生徒一同は、正々堂々最後まで戦い抜くことを誓います!」


 さすが春馬。生徒ほぼ全員の士気がバッチリ上がったようだ。盛り上がり過ぎてクライマックスかと勘違いしそうになる。ほぼ全員なのは、氷川さんと俺はそこまで乗り気ではないからだ。氷川さんは注目されるのが好きではないし、俺はこの後に控えているイベントを考えると少し憂鬱だ。それでもやると決めたんだから最後までやってやるさ。


「以上をもって、体育祭の開会を宣言します!」




 運命の体育祭が今、始まる。



お読みいただきありがとうございます!

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