16.体育祭に向けて
渡との決着が着いてから2週間後。優心たちのクラスにはとある問題が残っていた。
「渡は結局、退学になったんだって?」
「耳が早いなジョージ。奴の噂のほとんどが真実で、事態を重く見た教師陣は退学にせざるを得なかったそうだ。出来ることなら俺が暴いてやりたかったんだが」
「孝太は相変わらずだな。でもありがとな。あの時、2人は渡に同調しなかっただろ?」
「まあな。孝太が嘘くさいって言ってたし、俺らも渡のことは気に食わなかったからな」
本当にいい友人を持った。まだ出会って1ヶ月も経っていないが、2人といれば毎日楽しいしな。今はここにいないが、氷川さんや山﨑さんもそうだ。春馬は言うまでもない。
そんなことを考えていると授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。本日最後の授業が始まろうとしていた。
「よーし、全員席に着け。お前ら、渡が退学になったのはどうせ知っているだろう?残念だが、あいつがしていたことを考えれば仕方ないことだ」
余談だが、渡が行なっていたのは暴行、飲酒、喫煙、恐喝、etc………。警察の捜査で余罪がどんどん出てきたらしい。あいつの父親も大和さんによって罪を暴露され、逮捕。母親も浮気していたことがバレて夜逃げ。渡家は一夜にして崩壊した、と大和さんが言っていた。
そして渡が退学したことで、とある問題が起きる。
「渡がいなくなったということは、2週間後に迫った体育祭の委員がいなくなったということだ。今日のLHRは体育祭に関するあれこれをやるつもりだったが、まずこの問題から片付けようと思う」
そう、体育委員だ。体育祭はもう2週間後に迫っているが、俺たちのクラスはまだ全員参加の種目しか練習できていない。渡に関するドタバタがあって学校側もそれどころでは無かったので、このクラスだく先延ばしにされていたのだ。
大変だとは思うが、俺たちにとっては丁度いいハンデだろう。なんてったって学年の運動神経男女トップがいるからな。
「せんせー、それなら優心がいいと思います!」
またか春馬。今回ばかりは御免被るぞ。なんとしても逃げ果せてやる。
「戸張か。推薦の理由は?」
「渡を退学に追い込んだのは優心だし、責任感もあるから適任かなって」
「前者はともかく、推薦に足る理由ではあるな。戸張はどうする?」
「謹んでお断りします」
「えー、優心断るの?この前俺から貰いすぎなくらいって言ってたじゃん」
ここでその話を持ち出すか。てかよく覚えてたなそんなこと。
「卑怯だぞ春馬。それを言ったらお前だって俺に返しきれない借りがあるんじゃなかったのか?」
「でも返しきったんだろ?」
「ぐっ、それは………はぁ。俺の負けだよ。2週間だけでいいんですよね?」
「ああ、そうだ。助かるよ戸張。委員が掛け持ちになるから、その辺りは氷川と相談してくれ」
「分かりました、後で相談します」
結局こっちが折れることになってしまった。まあせいぜい2週間ぐらいだからそこまで大変ではないと思うけど。
だが早速仕事が回ってくる。
「早速で悪いんだが、個人種目の割り振りを頼む。正直時間が無くてな、相川と一緒に進めてくれ」
「おっけー。戸張くん………うーん、ひなちゃはトバっちって呼んでたからトバくんでいっか。改めてよろしくねトバくん。それで進行なんだけど任せてもいいかな?あたしまとめるのとか苦手で」
トバくん……………考えるだけ無駄だろう。
「ああ、分かった。それじゃあみんな。とりあえず黒板に種目を書き出すから、出たい種目に自分の名前を書いてくれ。定員オーバーした種目はじゃんけんで決めてくれ。女子は2種目、男子は個人種目が多いから3種目選んでくれ」
皆が一斉に席を立ち、ゾロゾロと黒板へ向かう。教室前方が人で埋まっていき、一気に騒がしくなる。先生も静かにするよう注意していたが、自分の声が届かないと悟り不貞腐れてしまった。今は教室の隅で負のオーラを出しながら縮こまっている。先生は頑張った、ゆっくり休んでくれ。
それから10分後。全員書き終えたようで、最後の1人が席に戻っていった。誰もいなくなった黒板の前には、折れたチョークが散乱していた。どんだけ取り合いになったんだよ。
「全員書き終わったか?…大丈夫そうだな。じゃあ人数が多いところはじゃんけんしてくれ」
そうして人数が多い種目から名前を消し、少ない種目に名前が追加されていく。
さらに10分後。ようやく全ての出場種目がまとまった。
「よし、これで種目決めは終わりだな。えーと次は……」
「男子は騎馬戦の割り振り、女子は、そうだな……全員リレーの順番での決めておいてくれ」
「だそうだ。一旦男子と女子で分かれてくれ」
男女で分かれた後、俺たちは騎馬と騎手を決める話し合いを始める。
「よし、分かれたな。とりあえず春馬、お前がまとめてくれ。俺じゃこれ以上は無理だ」
「いや頼まれたのは優心……」
「お前が頼ませたんだろうが。学級委員なんだから少しぐらい手伝え」
「まあそのぐらいならいいか。というわけでまず騎手から決めるか」
よし、少しはやり返せたかな。偶には自分の行動を省みてもらわないと。
「とりあえずガタイがいいやつらは無しな、騎馬が支えきれないから。なるべく騎手は軽い方がいいんだけど……ウチのクラスは結構運動部多いからなぁ。てなると上に乗れるのはこの辺になってくるか……?」
さすが春馬、状況をまとめるのが早い。ほぼ無駄になってたハイスペックも役に立つじゃないか。どうにか別のところで使えないもんかね。
そんなどうでもいいことを考えていると、唐突に自分の名前が呼ばれたので思わずビクッとなってしまった。
「おい優心、聞いてんのか?お前も騎手、やってもらうからな」
「……………えっ?」
「何驚いてんだ、当たり前だろ?優心はこのクラスだと軽い方なんだから」
「待て待て。それってつまりあれだよな?体操着の上を脱がなくちゃいけないってことだよな?」
「そういうことになるな」
嫌すぎる。この高校には体育祭の騎馬戦で騎手になる人は、体操着の上を脱いで上裸にならなければいけないという悪しき風習がある。他人に見せて恥ずかしい体付きはしていないつもりだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
それにもし勝った場合ウイニングランと称して、そのままグラウンドを一周しなければならないからな。いくら勝利チーム全員がいるとはいえ、流石に注目の的になる。
今度こそ断固拒否しようとした瞬間、こちらを向いていた氷川さんと目が合う。彼女は何やら口をパクパクさせている。なんて言っているんだろうか?
が ん ば っ て
…………ッッッ。それは反則だろ………。いきなりの出来事に動揺が隠しきれない。氷川さんはしてやったりとばかりにほんの少し、口角を上げていた。
氷川さんに応援されてしまったら拒否しようとした決意も霧散してしまう。
「……あまり目立たないようにしてくれよ?」
「努力はするがさすがに無理だと思うぞ?優心の騎馬は俺と孝太とジョージだからな?
なんだその目立つ奴らのオンパレードみたいな組み合わせは。春馬は言わずもがな、俺もこの間の一件でかなり有名人になってしまったらしい。ジョージはハーフということもあって、顔が整っているから正直かなりモテるし、孝太も柔道部に所属しているのだが、その腕前は全国トップクラスらしい。
そんな訳で何てことをしでかしてくれたのか。後で今までのことも含めて説教だな。春馬の泣き叫ぶ顔が目に浮かぶよ。
「お前はまた好奇心だけでそんなことを………」
「でも俺たち以外に優心と組んでくれるやつなんかいるのか?」
「…………………いない」
「だろ?まあ俺と出会ったが運の尽きだ。諦めて頑張ろうぜ」
………もうやだ。俺、こいつに一生勝てる気がしない。
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