13.隠し事
結局、特に大きな騒ぎにもならず、放課後。
小さな噂程度なら散見されたが、今までの噂に少し尾ひれがついただけで信頼性も薄かったようだ。というのも、昨日の渡の様子が割と広まっているらしい。これで早めに決着を着けられそうだ。
俺たちは昼に決まった通り、先生に話をしに行くため職員室へと向かった。
ノックをして職員室に入る。
「失礼します、日野先生はいらっしゃいますか?」
「おっ、戸張か。それに志田と……氷川?3人揃ってどうしたんだ?」
明るく返事をした大柄な教師。この人は日野広司。俺たちの学年の学年主任で国語を受け持っている。日野先生は明るく、生徒に寄り添って物事を進めるため非常に人気がある。そして学校内の情報を何故か網羅している人物でもある。一部では忍者の末裔だとか言われているらしい。本人は否定していたが。
そして、何を隠そうこの先生こそが、俺たちに屋上の鍵を貸し与えた人物である。情報通なだけあって、春馬の厄介な状況や俺が襲われた件も把握していて、去年はすごくお世話になった。
「実は日野先生に折り入ってご相談がありまして」
「そんなに畏まらなくてもいいぞー?何やら渡と厄介なことになっているみたいだな」
「ご存じでしたか。今回の件はその話と直接関係はないんですが」
「おう、なんでも言ってみろ。先生に出来ることなら相談に乗るぞ?」
俺たちは例の件について簡潔に話す。もちろん全部正直には言えないので、ある程度ぼかして話したが。
「なるほど、つまり昼休みに屋上で集まる人数を増やしたいと」
「そうですね。増やすといっても氷川さんと山﨑さんだけですが」
「それぐらいなら問題ないぞ。だがあまり目立ちすぎないようにしろよ?」
「もちろんです。学年で一番目立つ2人がいるので限度はあると思いますが」
あの2人がいるのに目立つなというのも無理な話だからな。その辺りは先生も分かっているみたいだ。
「また何かあったら言ってくれ。出来る限り協力するからな」
「「「ありがとうございました」」」
そうして俺たち3人は職員室を後にする。話している時間は長くなかったが、下校のピークはもう過ぎているためそのまま校門へと向かう。俺たちは先に学校を出て校門の前で氷川さんを待つ。
すると、春馬は何か思うところがある様子で小声で話し始める。
「あんま危ないことすんなよ。氷川さんにバレたらどうなるか分からんからな」
「やっぱり気づいてたか。大丈夫、今まで通り上手くやるから」
「だといいけどな。どうにもお前は自分のことを大事にしないところがあるからな……っと、氷川さんが来たから俺は帰るかな」
「ああ、じゃあな春馬」
「おう!また明日な!」
そう告げて春馬は去っていく。程なくして綾乃が合流し、2人は歩き出す。
「2人とも速いのよ……少しぐらい待とうとは思わないのかしら。それで、何か話し込んでいたようだけれど……」
「ただの世間話だよ。そろそろ体育祭の練習とか始まるのかなと思って」
まだ新学期が始まったばかりなので何とも言えないが、ウチのクラスはとにかくまとまりが無い。同じクラスに春馬、氷川さん、トラブルメーカーの渡、この中には入りたくないが何かと目立つ俺がいる。まとまりも無くなるというものだ。
そんな中で体育祭を戦うのは至難の技だろう。個人競技ではとにかく万能な春馬と氷川さんがいるから負けることは無いと思うが、チーム競技で勝てるとは到底思えない。
俺がこれからすることが吉と出るか凶と出るかは分からないが、氷川さんの笑顔のためなら何だってやってやるさ。………それがたとえ、クラスを分裂させることになっても。
おっと、また思考が暗い方に沈みかけていた。今回は氷川さんに注意される前に戻って来れたぞ。進歩だな。
「体育祭……そういえばそんなのあったわね」
「忘れてたのか?」
「いえ、去年は仮病を使って休んだのよ。練習の際にあまりにも騒がしくなってしまったものだから」
これが人気者ゆえの苦悩か。でもそんな理由で高校生からイベントを奪っていいわけがない。今年こそは堂々と種目に参加させられるように俺も協力しよう。
「大丈夫、今年は俺も協力してなるべく騒ぎにならないようにするから。安心して体育祭を楽しんでほしい」
「それって、貴方はちゃんと楽しめるの?」
「もちろん。俺は俺でちゃんと楽しむよ。あまり目立ちたくは無いけどね」
氷川さんは訝しげにこちらを見てくる。何かおかしなことを言っただろうか?
「……あなた、何か私に隠し事してるでしょう」
……何故気付かれた?いや、まだ疑惑の段階だろう。確信は持っていないはずだから、どうにかして誤魔化さなければ。
「人には隠し事の一つや二つ、あると思うけど?」
「……はぁ、それもそうね。いいわ、今回は誤魔化されてあげる。でもいつかきちんと説明して」
「そう遠くないうちに話すよ。別に大したことでもないからね」
長くは隠し通せそうにないな。あの人にも手伝ってもらえるよう頼むか。
家に着き、俺は一先ず安堵する。どうやら朝の時点で、手を出すことは諦めたようだ。となると、渡が動いてくるのは学校か。そして、俺はとある人物に連絡を取る。
「もしもし。今大丈夫ですか?大和さん」
『ああ、丁度仕事が一段落したところだよ。でも君から連絡をくれるのは珍しいね』
俺が連絡したのは後見人の大和誠治さん。あの事故の際に裁判や事後処理などを担当してくれた人だ。本人が言うには父の友人らしく、その縁で後見人も快く引き受けてくれた。
ではなぜそんな人物に連絡を取ったのかというと、
「探偵の方の依頼です。とある人物の交友関係を調査して欲しいんですが」
『ふむ、仕事の依頼ときたか。他ならぬ君の頼みだからもちろん引き受けるとも。調査対象は?』
大和さんは二つ返事で引き受けてくれた。この人は出会った時から俺を何よりも優先して動いてくれるのだ。父さんに多大な恩があるらしいが、同時にトラブルメーカーだとも言っていた。温厚なこの人が愚痴をこぼすトラブルって、一体父さんは何をしでかしたんだ……。
閑話休題。
大和さんは弁護士業の傍ら、探偵のような業務も請け負っているらしい。弁護士の依頼として対象を調査しているだけだから問題は無いらしい。
「同じ高校に通う、渡圭介という生徒です」
『ああ、渡重工のドラ息子か』
「知ってるんですか?」
『別件で一度調査したことがあってね。その時は罪を犯してこそいなかったが、かなりの問題行動が見られたね』
どうやら大和さんは渡のことを知っていたらしい。これなら話が早いな。
「大和さん、明日直接会って話せませんか?見せたいものがあるんです」
『明日なら特に仕事は入ってないから大丈夫だけど、何故そんなに急いでるんだい?』
「少し、事情がありまして」
そう言って俺ははぐらかす。あまり他人に言いふらす話でもないからな。
『ああ、もしかして例のお隣さんかい?』
………俺ってそんなに分かりやすいか?隠したいことが全部周りに見透かされてるんだけど。いや、俺の周囲にいる人たちが軒並み察しがいいだけだろう。うん、きっとそうだ。
「はい。渡が何かと彼女と俺に突っかかってくるのでそろそろどうにかすべきかと思いまして」
『分かった、僕に出来ることなら何でも言ってくれ。僕もあの社長とドラ息子にはうんざりしてたんだ。あいつら、何か不都合なことがあるとすぐに圧力を掛けてくるからね』
どうやら子が子なら親も親らしい。
その後、綾乃が来る時間になるまで、2人は久々の近況報告に花を咲かせていた。
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