11.エゴ
衝撃の事実のドッジボールはさておき。
彼らは始業前に話していた。そんな中でそう多く時間がとれるはずもなく。
そしてそんな彼らを心配する良き友人もいるわけで。
「はぁ、はぁ、やっと見つけたぞ優心……」
息を切らしながら空き教室に入ってきた親友。
「うおっ、どうしたんだ春馬?そんなに急いで」
「どうしたもこうしたもあるか!お前ら今何時か分かってんのか!?」
そう言われ、優心は時計を見やる。8時38分。それは始業2分前を指していた。
「やっば、授業始まるじゃん!?すぐ戻らなきゃ!」
「ちょ、お前ら、待っ」
3人は急いで自らの教室に戻る。…………疲れ切った春馬のことを放置して。
「後で覚えとけよ、お前らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
空き教室に悲痛な叫びが響き渡った。
授業にはギリギリ間に合ったが春馬の存在をすっかり失念していた俺たちは、春馬が戻ってくるなり教科担任への弁明に駆り出された。幸い、この教師は今朝の噂を知っていたそうで、マイナス評価は付けないでくれるそうだ。
ちなみにHRも眞紀ちゃんセンセーが噂を耳にしていたため、不問となった。ありがとう眞紀ちゃんセンセー。
春馬にはしっかり怒られました。マジでごめん。
そんなわけで別のところでは事なきを得たが、本題は全く解決していない。
そう、周りにどう説明するかだ。見ろ、目が血走ってやがるぜ。さっきの黒田とほとんど変わり無いぞ。氷川さんに迷惑かけるわけにもいかないしな………。
まあ、これしか方法はないか。
「皆、今朝のこと聞きたいやつもいるだろうから軽く説明するが、俺たちは別に付き合ってるとかじゃない。たまたまスーパーで出会って、帰り道も途中まで一緒だっただけだ」
「じゃあ、あの後輩ちゃんは?」
誰かがそう質問を飛ばす。
「あの子は氷川さんの知り合いらしい。俺と別れた後、仲良さそうに帰っていったよ」
「だが随分お前とも打ち解けてるように見えるけどなあ、戸張クン?」
渡が敵意を隠そうともせずに突っかかってくる。そっちがそのつもりならこっちだって。
「お前がこの写真を送ったんだってな渡。この写真をどこで手に入れた?」
「俺の友達がたまたま撮ったんだよ。とんでもねぇスクープを見たってな」
「嘘だね。校門出た辺りから尾けさせてただろ?」
渡が僅かに動揺する。すかさず畳み掛ける。
「そいつの名前は?学年は?クラスは?」
「この学校のやつじゃないから知らねえな」
「なんでこの学校の生徒じゃない奴が俺たちの写真を撮ったんだ?」
「だから知らねーって。んなことどーだっていいだろ?それよりも尾行させてたって話の方が無茶苦茶じゃねーの?そうだろ皆?」
そう言って渡は同意を求める。だが反応は芳しくなく………
「でも渡もなぁ……」
「どっちも否定できる証拠がないしな。どっちもどっちじゃないか?」
「渡が尾行とかさせてても驚きはしないな」
渡は割とボロクソに言われていた。案の定俺へのプラスな発言は無かったが。
その上でさらに詰めていく。
「お前の味方はいないみたいだな。まあ俺にもいないけど。それで?なんで尾行なんかさせたんだ?」
「だから俺はやってねぇ!皆はこんなやつの言うことを信用するのか?」
必死に否定する渡。だが必死になればなるほどこの話の信憑性は増していき、周りからもヒソヒソと話し声がする。
「これだけ必死だと逆に怪しいよね……」
「渡は氷川さんに対してはかなり露骨だったからな……」
「てか他の悪い噂とかも案外本当のことだったりして」
話し声は少しずつ大きくなっていき、渡に圧をかけていく。
そして恐らく限界を迎えたのであろう渡は俺の方に近づいてきて、
「ちっ………てめぇ、覚えとけよ」
俺の耳元でそう呟いて、そのまま横を通り過ぎる。
「見苦しいところを見せたけど、本当に誤解なんだ。だからみんな、信じてくれると嬉しいな」
「ぶふっ」
そう言って渡はイケメンスマイルを振りまく。いや、流石に無理があるだろ。堪え切れずに吹き出してしまったじゃないか。ほら見ろ、氷川さんも物凄く冷たい目でこっちを見てるぞ。
ん?こっち?なんで俺のことをそんな冷たい目で見てるのか。……というかなんか怒ってる?そんな記憶は無いのだが、何か気に障りようなことでもしただろうか。
そんな微妙な雰囲気の中、1日は始まっていく。
「えーと、氷川さんはなんでそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか……?」
「なんであんなことをしたの?いくら私たちの関係が露呈する危機だったとはいえ、あんなリスクのあるやり方をとるなんて……」
放課後、家に帰るなり荷物も置かずに俺の部屋に来てそう聞く氷川さん。
あ、尾行は撒いてきました。
「うーん、別にリスクを負ったつもりは無かったんだけど」
「一歩間違えば自分が悪者になるリスクがあったというのに?」
「まあこのくらい日常茶飯事だからな。春馬の近くにいると嫌われるのは慣れてくる」
「感覚が麻痺してるのね。そういう考え方がいつの間にか取り返しのつかない状況を生むのよ?」
そうは言ってもな。正直、短期間でどうにかなる問題でもないし、あれ以上噂を広めるのも良くないしな。
それに、既に一つ手も打ってある。本人に言ったらお説教されそうだから絶対言えないけど。
「とにかく、これで渡はしばらくの間は仕掛けてこないだろ。何かしてきたらあいつが犯人で間違いないし、何もしなくても今回の件が抑止力になるからな。でもそれだって絶対じゃない」
「どういうこと?」
氷川さんは訝しげに、そして少し心配そうに聞いてくる。実行する可能性は低いが念の為、起こすかもしれない行動を伝える。
「これはあくまでも可能性の話なんだけど……1人でいるところを襲われる可能性がある」
「……無くはないと思うけれど……そこまで大胆に出てくるかしら?」
「完全に勘だけど、あいつがそこまでやる可能性はあると思う」
わざわざ学外の奴に尾行させるような野郎だからな。用心するに越したことはないだろう。
あいつが大人しくなれば少しぐらいは静かな学校生活が送れるのでは、という希望的観測もあるけど。まあ春馬が目立ち続ける限り無理な気もしているが。
「一応、帰る時は1人にならないようにして欲しい。できれば3、4人が理想だけど……」
「何故そこで詰まるのよ。ええ、そうよ。私はどうせ雛以外に友人なんかいないわよ………」
いやそんなつもりじゃな………くもないけど。流石にそこまでは思ってないぞ。
だからそんな遠い目をするのはやめて下さい、罪悪感がすごいので。
「俺も手伝うけど、表立って動くのはやっぱり難しいから。代わりに春馬に一緒に登下校してもらうよう頼んでおくから」
俺が一緒に登下校するとどうしても目立つし、新たな噂を生み出しかねない。
その点春馬なら安心だ。俺と氷川さんの関係を知っているし、何よりお似合いだからな。変に勘繰るやつはいないだろう。
そう思い提案したが、
「嫌よ」
「否定早くない?」
「だって……あなた以外の男子とはちょっと……」
またそんなことを言って。相手が俺じゃなきゃ勘違いしてるぞ?
ああ、もう。
そんな寂しそうな顔されたら、男として応えないわけにはいかないだろ。
「分かった。でもどうなっても知らないぞ?」
「覚悟の上よ。……………………それにあなたとだったら」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何でもないわ。気にしないで」
うーん、何か呟いていたと思ったんだが。気のせいか。
でも、この問題を早く決着させたい。氷川さんの不安を取り除きたい。
そう思うのは、俺のエゴなのだろうか。
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