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後になって思えば、不思議とお互いに自分のスキルのことは話さなかった。
まぁもともとスキル持ちは自分の能力は伏せておくのが当たり前で、恋人だから婚約者だから夫婦だからと簡単に相手に教えるものではないのだ。
スキルとは得難い能力ではあるが、得てして他者に利用されやすいものである。
だから無用ないざこざを防ぐためにスキルを伏せておく、もちろん相手にもスキルの有無や内容を聞かないのが暗黙のルールで、それは一般常識的なことであった。
だからカレンは夫であるハルクが自分と同じくスキル持ちだとは知らなかったし、
ハルクはカレンが魔力を匂いで認識し、個人の識別を可能とするスキル持ちであることを知らなかったのだ。
そのことが二人の結婚生活に翳りを落としはじめた。
思えば兆しはあった。
時折帰宅した夫から微かに香る香水の香りや血の匂い。
ハルクは王宮かどこかでそれらを洗い流していたのだろうが、
それが魔法で精製された香水だったり魔力保持者の血液だったりしたのならほんの僅かでもカレンには感知することができる。
そして決定的だったのが、街で見かけたとある男女の二人。
裕福な商家の子息と見受けられる金髪碧眼の男性が妖艶で美しい女性をエスコートしていた。
買い物に出かけていたカレンがその二人を見かけたのは本当に偶然であった。
ふと目についた知り合いでもなんでもない初めて見る赤の他人の二人。
だけどカレンは男性の方に強い違和感と既視感を感じ、無意識に後を追っていたのだ。
新作の封切りで映画館の前は人集りが出来ている。
カレンはそっと背後からその男女二人に近付いた。
近付いたといっても五、六メートルの距離はあったと思う。
だけどその距離で充分、カレンはとある魔力の匂いを感じ取った。
(……ハルク……?)
どういうことだろう。
ハルクとは似ても似つかない、まったく別の人物から夫の魔力を感知したのだ。
その者が直前までハルクと身体的に接触があったのなら、その男性からハルクの魔力が匂うのはわかるのだが……。
この男性はハルクと関わりのある人なのだろうか。
だとしたら騎士団、もしくは第二王子殿下の関係者……?
でもどちらにせよカレンにそれを確かめる術はない。
カレンの足はその場に縫い止められ、映画館へと入っていく男女の後ろ姿を見送るしかできなかった。
その数日後にハルクがようやく帰宅した時に、カレンはさり気なく夫に尋ねた。
『数日前に繁華街に出たりした?』
『え?……いいや?ここのところは書類仕事ばかりで執務室に缶詰めだったよ』
『そう……』
やはり気のせいだったのだろうか。
だけど妻としての勘が働いたのか、なぜかハルクのそのもの言いに違和感を感じる。
その違和感は小さな猜疑心へと姿を変えて、カレンの中に暗い影を落としたのであった。
そしてその猜疑心が確信へと変わる出来事が起きた。