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短い婚約期間も入れて、ハルクとの仲は良好であった。


ハルクは優しく、どこまでも妻を甘やかすタイプの夫だった。

第二王子の公務内容により勤務時間にバラつきがあり、カレンが寝静まった夜中にハルクが帰宅するとこはしょっちゅうだったが。


だけどそれは兄が縁談を持ちかけた時に最初にハルクの方から、勤務時間や休日が不規則でカレンに不便をかけるかもしれないと告げられていたのだ。


それを承知でこちらもこの縁談を望んだのだから、結婚してからそれに対し不平不満を口にするのは道理ではない。


でもだからこそハルクは一緒にいられる時はとことんカレンを甘やかし、大切にしてくれたのだ。


第二王子付きの騎士として夜会などに出席するときは、

代金の支払いは大丈夫なの……?と心配するような人気ドレスメーカーのイブニングドレスや装飾品を贈ってくれるし、カレンが好きな国外の作家の新刊などもどういう伝手があるのか書店に並ぶよりもいち早く入手してくれた。


そうやってカレンはハルクからもたらされる精神的肉体的物理的な愛情を余すことなく享受し、幸せな新妻ライフを堪能していたのだった。


が、そんな幸せな結婚生活も長くは続かなかった。


表面的には何も変わらない。

だが少しずつ……隣国との間にきな臭い空気が流れはじめたと同時に、何かが少しずつ変わりはじめたのだ。


以前にも増してハルクは多忙になり、家に帰る日が少なくなった。

帰宅したとしても深夜に戻り、早朝まだ日が登らぬうちに王宮へと出仕する。

これではどちらが自宅かわからないほどだ。


結婚するにあたりハルクが購入した家は小さいながらもメイドと下男(フットマン)をひとりずつ雇い入れてくれたので生活に不便はないが、夫が不在がちである不安だけはメイドや下男がいてもどうにもならない。


そして一度出仕すれば、ハルクがどこで何をしているのかもわからないということも、カレンを不安にさせていた。

体調は大丈夫なのか、怪我はしていないかと夫の様子を知りたくてもその(すべ)がない。


不安と心配と寂しさが()い交ぜになり、カレンの心を重くしていた。


だけどハルクは第二王子の下で休む暇もなく国のために働いているのだ。

寂しいからと我儘を言ってはいけないし、言えるわけがない。

それもこれも情勢が落ち着くまでの辛抱だとカレンは自分に言い聞かせていた。


緊急連絡は騎士団ではなく王宮に。とだけ結婚当初に言われたが、多忙のハルクを煩わせることはしたくないと思い、カレンは一度たりとも連絡をしたことはなかった。

たとえ病で床に伏したとしても、だ。


ある日カレンは心労が祟ったのか風邪を拗らせ高熱を出してしまった。


こんな時こそ本当は側にいてほしい。

側にいて手を握ってくれるだけでいい。

それだけで安心できるから。


『でも……だけ…ど……そんな子どもみたいなこと……言えない、わ……』


カレンは高熱に魘され、朦朧とする意識の中でそうつぶやいた。

そしてすぐに、そのまま熱い砂の中に引きずり込まれるような感覚で眠りに落ちたのであった。


どのくらい眠っていたのだろう。


眠りに就く前は締め切られたカーテンが窓から入る光を孕んでいたのに、部屋の中はすっかり暗くなっている。

ベッドサイドの小さな魔石ランプだけがほんのりと柔らかな光で部屋を灯していた。


ふとカレンは何か大きなものが自分の手を包み込んでいるのに気付いた。

大きくて硬くて温かい。

それが自分の手を握る夫ハルクの手だと理解したとき、カレンは泣きたくなった。

熱のせいで気弱になっていたのだろう。

そんな時に、側にいてほしいと願った時に、ハルクは帰ってきてくれた。


国のために働く騎士の妻がこんなことで泣いてはいけないとわかっていても、情けないと思っていても、零れ落ちる涙を止めることは出来なかった。


ハルクはそんなカレンを見て、くしゃりと表情を歪めた。


『ごめん、ごめんなカレン……こんな苦しく辛い時でさえ我慢させてしまって……側にいてやれなくて……本当にごめん……』


『ハルク……本当にハルクなの……?それとも私、熱のせいで夢を見ているのかしら……?』


『正真正銘の俺だよ。殿下から王族が服用する薬を賜ったんだ。それを飲めばすぐに熱も下がり、体が楽になるそうだ』


『まぁ……王家の方々のお薬を……?……そんな、畏れ多いわ……』


『いいんだよ。普段こき使われてるんだからそのくらいして貰ったって。それに妻の熱が下がるまで出仕しないと言ったら慌てて薬を寄越してきたのは殿下の方だ』


『まぁ、ますます畏れ多い…わ……』


『……我が家の下男が知らせてくれたんだ。旦那様には伝えるなと口止めされたけど、不安そうな奥様がおかわいそうで見ていられないと言って……』


『そう……そうだったの……』


『とにかく、すぐに薬を飲もう。この薬は魔法薬だから空腹時でも服用できるらしい』


そう言ってハルクはカレンの身を起こし、薬を飲ませてくれた。


さすがは王族のために特別に処方され、そして調剤された魔法薬である。

服用してすぐにカレンの熱は下がりはじめ、絶えず苛まれていた頭痛も治まっていった。


その間もハルクはずっと付きっきりでカレンの看病をしてくれた。


身も心も軽くなったのは薬のおかげだけではない。

ハルクが側にいてくれたからだ。


『眠れば眠るほど回復が早くなるよ。たくさんお眠り』


ベッドサイドでカレンの頭を撫でながらハルクがそう言う。

薬のせいで強い眠気を感じるカレンはうつらうつらとしながら無意識にハルクに尋ねていた。


『……目が覚めても……側にいて…くれる……?』


酷く重い瞼が視界を塞いでいく。

瞼を閉じる直前に、ぼんやりと見えたハルクの顔はとても悲しそうであった。



そして次の朝目覚めると、そこにハルクの姿はなかった。


メイドの話ではカレンの熱が完全に下がったのを確認して、明け方近くに王宮へと戻って行ったそうだ。


ひとり残された寝室でカレンは小さくため息をつく。

メイドや下男の証言がなければハルクがいたのは夢だったと思っただろう。


でも、それでも、無理やりにでも帰って来てくれた。


それだけで満足に思わなければならないと、カレンは自分に言い聞かせた。


そうやって騎士の妻である矜恃をもって結婚生活を続けたカレンの心が折れたのは、

二人が結婚して一年が過ぎた頃だった。





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