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「今日からウチの護衛騎士として働いてもらうマクレガーだよ。みんな、仲良くやっておくれ」
「ハルク・マクレガーです。よろしくお願いします」
「な、な、な、なぜっ……!?」
元夫であるハルクに復縁を迫られてから三日が過ぎたある日の朝。
突然ルイザ・クレオメンが自身の小さな舘で働く使用人たちを集めた。
カレンとハウスキーパーとキッチンメイドと下男の四人。
そこにハルクを伴ったルイザがやって来て、徐にそう告げたのであった。
当然、カレンにとっては青天の霹靂。寝耳に水である。
呆気に取られて言葉にならないカレンに、ルイザが悠然として言う。
「この街で仕事を探してるって聞いたからね。ちょうど護衛騎士が欲しかったのさ。ほらさ、私ゃか弱い婦女子だからね」
「かつては王国の脳と謳われた方が何をおっしゃってるんです。たとえ賊に襲われたとしても貴女なら簡単に蹴散らしてしまうでしょう」
不服感たっぷりにカレンがそう返すと、間に割り入るようにハルクが言った。
「きっかけはクレオメン様が声を掛けてくださったことだけど、是非にと頼み込んだのは俺の方なんだ。この街で早くきちんとした職に就きたかったから」
「それこそ貴方だったらこの地方の領主の私設騎士団や街の自警団とか、いくらでも雇用先はあるでしょう」
カレンがジト目でハルクを睨めつけると、ハルクは真剣な眼差しで見つめ返し、こう言った。
「確かにそうかもしれないが、だけどそこにカレンは居ない」
その途端に他の使用人たちの「ヒューッ」とか「フゥ~♡」といった声が聞こえた。
ちなみに「フゥ~♡」といったのはルイザだ。
皆の前でそんなことを言われて居た堪れないのはカレンである。
「な、何あたりまえなことをキザったらしく言ってるのよっ」
「キザだったかどうかはわからないが、俺はもうカレンと離れるのは嫌なんだ。せめて物理的距離だけでも埋めさせてほしい」
「物理的距離って……」
「頼む、カレン。……頼むっ」
なぜこの男はこんなにも必死なのだ。
別れて二年も経つのに……まぁ一方的に別れを告げて離婚を無理強いしたのはこちらの方だが、それでも二年だ。
離れたくないと言いながら二年も離れていたのだから今さらだと思ってしまう。
カレンは首をふるふると振ってハルクに告げる。
「とにかく、こんなの困るわっ……」
その時ルイザがカレンの名を呼んだ。
「カレン」
そして淡々とした口調でこう告げる。
「困るもなにも、マクレガーを雇うかどうか決めるのはこの私だよ?」
「そ、それはそうなんですけどっ……」
それを言われては身も蓋もない。
だけどカレンにしてみれば今後の生活にも影響を及ぼすことだ。
雇用主にとやかく言う権限はないとわかってはいてもつい言いたくなってしまう。
いや言わねばならない。
「このタイミングで彼を雇い入れるなんて、事の成り行きを楽しんでいるようにしか見えませんもの」
「ふふふバレたか」
「ルイザ様っ!」
「とにかくもうマクレガーと雇用契約を結んじゃったからね。国の法律で余程の理由がない限り三ヶ月は雇用解除はできないよ」
そう言われてしまえばもうどうすることもできない。
カレンは口惜しくて内心歯噛みした。
「っ……~~~!」
そんなカレンに仕事仲間の皆が言う。
「まぁまぁカレンちゃん。館に騎士という頼もしい男手が居るなんて安心じゃない」
「それに職場に色男、良い目の保養よ」
中年と壮年のメイドがそれぞれそう言うと、今までこの館で唯一の男性だった下男が情けなさそうに眉尻を下げた。
「おいおい、色男はともかく頼もしい男手は今までも俺がいたじゃないか」
「でも目の保養にはならないもんねぇ?」
中年メイドにそう言われ、下男は嘆いた。
「ひどいよ~」
中年メイドと下男。この二人、じつは夫婦である。
そんな使用人夫婦の会話を尻目にハルクがカレンに言った。
「強引で悪いとは思ってる。だけど俺はもう絶対にキミの側から離れたくないんだ」
ど、どうしてそこまで必死に……。
やはり一方的に離婚を叩きつけたのがいけなかったのだろうか。
カレンは過去の自分を恨みたくなった。