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最終話です

ハルクの魔力から記憶を読み取ったカレン。


かつて起きた事実を知り、そしてハルクの想いを知り、カレンは涙が止まらなくなった。


悲しみのあまり現実のカレンも同時に泣いたのだろう。

ルイザとチェスをしていたハルクが突然泣き出したカレンに驚いて傍に駆け寄ったのだった。


「カレンっ……?ど、どうしたんだ?どこか痛いのかっ……?」


焦燥感を露わにしてハルクがカレンを案じている。

カレンは昂った感情を抑えることもできないまま、子どものように泣きながらハルクに答えた。


「心がっ……心が痛いのぉっ……」


「心っ?し、心臓が痛いってことかっ!?た、大変だ!い、医師をっ……!」


慌てて医師を呼びに行こうとするハルクをルイザが制する。


「なぁに、問題ない。カレンは病に罹ったわけじゃないさね」


「しかし胸が痛いとっ……!」


大きな体でおろおろと狼狽えるハルクにルイザは笑う。


「お前さん、諜報員だったならそれこそ地獄絵図のような世界も見てきたんだろう?それなのになんだい、女ひとりの涙で右往左往して」


「国の一大事よりもカレンの一大事の方が俺にとっては深刻なんですっ」


「まぁ落ち着きなさいな。白状するけどね、その涙は私の術でスキル強化したカレンがアンタの過去を知ったからさ。勝手に覗き見したのは悪かったけど、どうせカレンが望むなら命を落としても誓約を破ろうと思っていたんだろう?」


ルイザのその言葉を聞き、ハルクは色々と察したようだ。

そして泣きじゃくるカレンを見て再び心配そうな顔をする。


「ということはカレンは全てを……?」


「そうさね。あんたがわざわざ誓約を破らなくても、こちらで勝手させてもらったよ。異論があるなら私が聞こうじゃないか」


「異論なんて……あるはずがない。カレンには全てを知る権利がある」


ハルクが淀みのない声でそう告げると、ルイザは満足そうに頷いた。

そして「後は頼んだよ。私の大切な両腕をちゃんと泣き止ましておくれ」と言って、ルイザは書斎を出て行った。


部屋に二人残されたカレンとハルク。

カレンは依然泣き続け、小さな嗚咽を漏らしている。

ハルクはカレンをそっと、恐る恐る抱き寄せた。

拒絶しないカレンに安堵の吐息をひとつ()き、優しく彼女の背中をさすった。

その手の温もりが、モノトーンの世界から戻ったカレンの心に染みて余計に泣けてくる。


「……っハルク……」


「カレン、不快なものしか見られなかっただろう……ごめんな」


「ハルクは何も悪くないわっ……あなたは犠牲者よ……」


「そうとばかりも言えないさ……散々いい(よう)に利用されてウンザリだが、俺自身もう少しやり(よう)があったんじゃないかと後悔してる。そのせいでカレンに辛い思いをさせてしまった」


「違うわ。全部見てきたけどっ……あなたにはどうしようもないことばかりだったわっ……それなのに私は自分のことばかり……」


「カレン……」


ハルクに抱きしめられていたカレンが徐に身を離す。

そして涙で酷く濡れた顔を晒すのも厭わずに彼を見た。


「私、どうしたらいい?……どうしたら貴方に償える……?」


「償うだなんて……償わなければならないのは俺の方だよ」


「ハルクが私に償うべきものは何もないわっ……私は、妻でありながら貴方の苦しみを慮ることもせずに自分が苦しみたくないからと逃げた女よっ……それなのに貴方はもう一度と復縁を願ってくれて……でもこんな私が、貴方に相応しいわけがないっ……」


カレンのその言葉に、ハルクは目を丸くして驚く。


「カレンが俺に相応しくない?そんなこと有り得ない……」


「有り得なくないわっ、相応しくない!こんな嫉妬深くて猜疑心が強くて自身勝手な女!」


「やめてくれ。いくらカレンでも俺の大切な人のことを悪く言うのは看過できないよ」


「いいえ!こんな最低な女なんて、いくらでも悪く言ってやるわ!私は世間知らずで狭量で怒りん坊のワガママ女よ!」


「違う。思慮深くて愛情深くて懐も深い、素敵な女性だ」


「そんなことはない!口ばかり達者で可愛げのない最低な女なの!」


「いいや、キミはつまらない俺の人生に光と彩りを与えてくれた人だ。本当にもう、自分を悪く言うのはやめてくれ……」


「……っ」


彩りの無い冷たいハルクの記憶の中で、唯一色彩を放っていた自分の姿を思い出し、カレンはそれ以上なにも言えなくなった。


きゅうぅと痛む胸を押さえ、カレンは涙ながらにハルクに問う。


「本当に……こんな私でいいの……?こんな私でも、もう一度妻にと望んでくれるの……?」


その言葉にハルクはハッと息を呑み、大きく目を見開く。

そして次にはくしゃくしゃに顔を歪ませて笑みを浮かべた。


「もちろんだっ……俺の方こそキミに相応しい男とは言えないが、それでも俺はキミが欲しい。キミと生きていきたいんだ、カレンっ……」


「ハルク……!」


全てを知った今、蟠りも何もかもが消え去った今、カレンの心は決まっていた。


だけどこれはけじめだ。

ハルクが必死になってくれたように、自分も誠意を見せねば気が済まない。


カレンはハルクから視線を逸らさずに勢いよく立ち上がる。


「カレン?」


そして、いきなり立位姿勢をとったカレンを不思議そうに見上げるハルクの前で……


「カ、カレンっ!?」


威勢よく両手両膝をついて土下座をした。


「ハルク!どうか私をもう一度貴方のお嫁さんにしてください!」


そう言って深々と頭を下げるカレンを、ハルクは慌てて引き起こす。


「何をやってるんだカレンっ……!キミはそんなことしなくていいっ」


「だって再会したあの日、貴方もこうしてくれたじゃない。礼には礼で返すのは道理でしょう?」


「いやいや、そんな道理は求めてないからっ……あぁ……大丈夫か?膝が赤くなってるんじゃないか?」


ハルクはそう言って服越しにカレンの膝を心配する。


「私は頑丈じゃないから赤くなってるかもしれないけど、そんなの平気よ」


「カレン……キミという人は……」


ハルクはカレンを抱きかかえ、ゆっくりとソファーに座らせた。

そして自身はカレンの前に跪き、彼女の両手を包み込む。


「カレン。俺の方から改めて言わせてくれ。どうか、どうか俺とやり直してほしい。もう一度、カレン・マクレガーに戻ってほしいんだ」


カレンの愛してやまない青灰色の瞳が一心にカレンを囚える。

その瞳には涙でぐしゃぐしゃになったブスな自分が映っていた。

でもそれがどうしようもなく嬉しい。

様々なものを見てきたその瞳が、今はカレンだけを映している。

そのことが本当に嬉しいのだ。


カレンは大きく頷いた。


「もちろんお受けするわ……もう一度、私にマクレガーの姓を名乗らせてください」


「あぁ……カレン……!」


ハルクが再びカレンを抱きしめた。

カレンもハルクの広い背に手を回し、彼を抱きしめる。


これまでの互いの距離を埋めるように、強く強く二人は互いを抱きしめた。







(わたしゃ)恋のキューピッドだと思わんかね?」


自慢げにそう言ったルイザに、カレンは肩を竦めながらも笑みを浮かべる。


「……まぁ確かに。ルイザ様には本当に感謝しております。貴女が背中を押してくださったから、真実を知ることができたのですから……」


「そうさね、そうさね」


「無邪気なドS悪魔の異名は返上して、これからは無邪気なドSキューピッドと呼ばれるようになりますわね」


「そうさね、そうさね……ん?あんまり嬉しくないね」


「ふふ」



カレンとハルクが再び入籍をした祝いとして、ルイザはささやかな宴を開いてくれた。


宴といってもルイザの館で働く者と街で交友のある者、そしてカレンの兄グレイドが参加するのみのいわば食事会のようなものである。



「お義姉さんの体調はどう?もうすぐ産み月に入るのよね?」


カレンが久しぶりに会った兄にそう尋ねるとグレイドは眉尻を下げて答えた。


「ああ。もうすぐ月が満ちる満月のように大きなお腹を抱えて頑張ってくれているよ。カレンの祝いに参加できないのを悔しがっていた」


「赤ちゃんが生まれたらこちらから会いに行くわ。第二子は男の子かしら女の子かしら?」


妹のその言葉に、グレイドは父親らしい表情を浮かべた。


「どちらでも。無事に生まれてくれるなら、それだけでいい」


カレンがハルクと復縁するにあたり、誰よりも喜んだのはこのグレイドではないだろうか。


互いに想いを残し別れた二人を案じていたグレイド。

そして何より、愛する妹が再び幸せを手にしたことを心から安堵し喜んだのだ。


「グレイド。今まで心配ばかりさせて申し訳なかった。今度こそ、カレンを幸せにすると誓うよ」


「頼んだぞハルク。……だが、お前もカレンに幸せにしてもらうんだ。今まで苦労した分、お前には幸せになる権利がある」


「グレイド……ありがとう」


ハルクとグレイドがひしと肩を抱き合う。

それをメイド二人とグリコの娘のメイジが目を輝かせて見ていた。


「キャ~♡イケメン二人の熱い抱擁♡」

「眼福だよね~♡」

「やだ、何かの扉が開きそう……♡」


その様子をカレンはルイザと共に眺めて、大いに笑った。


そして今日の祝いの言祝(ことほ)ぎとして、第二王子やカルビー伯爵から祝辞が届いている。


第二王子からの祝辞には二人の再度の門出を祝う言葉の他に、

急な病に倒れ再起は難しいと診断された兄王子に代わり立太子する旨も記されていたという。

健康そのものであった王太子が急に重篤な病に罹ったその裏には何かがあるとハルクの勘がそう告げたが、もうそれは自分には関係ない話だとすぐに頭の中から追い出した。

だけど王子()が国の頂に在るのならば、この国も少しはマシになるのではないかと思ったのも、ハルクはすぐに忘れることにしたのであった。


もう自分は自由なのだ。

一生誓約魔法には縛られ続けなければならないが、何事も起きなければ黒子(ホクロ)と変わらないというルイザの言はもっともだと思い、気にしないで生きていこうと決めた。


もしかしたらその誓約からもいつか、自由になれる日がくるかもしれない。

その日を、いつかカレンと共に迎えられたら。

その“いつか”の日も、自分は必ずカレンの傍に居る。

それだけは確信するハルクであった。




カレンは再びハルクの妻となった後もルイザの祐筆を続けている。


部屋は沢山余っていると言うルイザの好意に甘え、少し広めの部屋を間借りしてハルクと暮らしているのだ。


そして最近、その部屋の隣にもう一部屋借りることになった。


その部屋は南向きに面し、陽当たりがよく心地よい。

健やかな成長を見守る子ども部屋としてはうってつけの部屋である。


ルイザも館の者も、そして何よりカレンとハルクが、その部屋の主の誕生を喜び待ち望んでいた。









お読み頂きありがとうございました!


ブクマ、評価、イイネもお恵み下さり、本当に感謝です。

また次回作でお目にかかれましたら幸いです。

(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ。:.゜ஐ⋆*

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