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『グレイド、久しぶりだな。元気にしていたか?』


あの夜会でハルクに声を掛けられた兄とカレンを、カレンが見ていた。


『ハルクじゃないか!これは珍しい人物が居たものだ。外見に反して華やかな場が苦手なお前と夜会で顔を合わせるなんて』


振り向いて途端に笑みを浮かべる兄の、カレンよりも濃いアメジストの瞳が色彩を放つ。


その後二人で会話を交わし、ハルクが兄の隣で静かに佇むカレンに意識が向いたのがわかった。


『……そちらは?』


ハルクが初めてカレンを見たときも、モノクロのカレンのアメジストの瞳が淡く色付いている。


兄が兄バカを発動させながらカレンを紹介し、兄とカレンとで言い合いを繰り広げる中で、ハルクの記憶の中のカレンだけがモノクロの世界の中で段々と色をまとっていく。


(え?これは、ど、どういうことかしら?)


周囲は変わらず色の無い世界である。

その中で瞳の色やシャンパンやワインの色や窓から見える庭園の花々と月だけが色付いていて、人間などはすべて白黒で色彩がない。

だけどなぜかカレンだけがどんどんと色味を帯びていくのだ。


髪の色、ドレス、装飾品、そして唇。

ハルク自身も色をまとわぬというのに、どういうわけかカレンだけがハルクの記憶の中で色鮮やかに色彩を放っている。


(あの夜、ハルクの中で私はとても印象深かったってことかしら……?)


そしてあの後すぐにハルクとは別れたというのに、夜会の最中に何度もハルクの視線がカレンに向いていたのをカレンは知った。


(……もしかして……ハルクは初めて会った日から私のことを意識してくれていた?と思うのは自惚れが過ぎるのかしら……)


胸の鼓動が早くなる。

それに気を取られているうちにあれよあれよと記憶は進んでいき、気が付けば騎士団長の無骨で事務的な部屋とは違い、質の高い調度品で品良く設えられた部屋の中に居た。


部屋の中にはハルクを含め数名の男性が居る。


そのうちの一人、マホガニー製と見られる上等なデスクの席に座る青年がハルクに話し掛けた。


『その後、意中の彼女とは進展したのかい?』


(え?意中の彼女?)とカレンが訝しむと、ハルクではない別の人物の声が耳に届く。


『それはもう順調なのではないでしょうか?わざわざ(くだん)の令嬢の行動を調べて偶然を装って会いに行っているようですから』


四十代前半であろう人物がそう言ったのに対し、ハルクは嫌味でそれを返した。


『……諜報(この仕事)のおかげで調べるのには慣れていますから』


『今まで女の気配が一切しなかったマクレガーに惚れた女が出来るとはね!いやぁ、僕は嬉しいよ』


おそらくカレンとあまり年が変わらなさそうな青年がそう言った。


(この一人だけやけにキラキラと身形のいい人ってもしかして……第二王子殿下……?)


皆が立位姿勢を保っているというのに一人だけ着座していることや、皆がその青年に対してだけは敬語を使っているのに一人だけ砕けた話し方をしている様子から、名探偵カレンがそう推理する。

その答えを示すようにハルクが抑揚のない声でその青年に向かって言った。


『殿下に喜んでいただくために彼女に会いに行っているわけではないのですが』


(殿下って言ったわ……!やっぱり!)


推理が当たり一人でしたり顔をするカレンを他所に男たちの会話は進んでいく。

また四十代の男性がハルクを宥める。


『まぁまぁ。人生において、心の支えとなる伴侶は必要だぞ。諜報員であるキミの場合、もちろん相手は誰でも良いというわけではないが……』


『……カルビー卿、宰相閣下との私信の書状の受け渡しは済んだのでしょう?いつまでも第二王子執務室(ここ)で油を売っていていいんですか?』


そのハルクの言葉にカレンはハッとする。

そして先程から王子とハルクと会話を交わしている四十代の男性を凝視した。


(カルビー卿!?この方が以前、メイジさんを助けるためにハルクが姿を借りたという王国宰相第一補佐官のカルビー伯爵なの?)


あの時、ハルクの交友関係がどうなっているのか謎だったが、こうして王子殿下を介して繋がりがあったのかと理解した。


また他のことに気を取られるカレン。

第二王子がハルクに尋ねる。


『相手の令嬢は元王国騎士で現男爵家当主の妹だろう?身辺を探らせたけどあの家に疚しいところは何も出てこなかった。裕福ではないが兄妹揃って堅実な領地運営をして好印象だ。令嬢も闊達で優秀な才媛で、僕は良いご縁だと思うよ?』


第二王子とカルビー卿がハルクにやたらと勧める相手のご令嬢とは……兄は元王国騎士で今は男爵の当主。そしてその妹であるということは……。

(え?私?)


(行動を調べてわざわざ会いに……って、行く先々でハルクに出会(でくわ)していたのは、偶然ではなかったの……?)


ハルクは意図的にカレンに会いにきていたとしたのなら。

頬が熱を帯びるのを感じる。

そんなカレンの耳に、再びハルクの声が届いた。


『俺のような任務に就く者は結婚なんてするべきではありません』


『キミのような仕事をする者にこそ、心の潤いは必要なんじゃないかな?(まつりごと)は綺麗事だけで済むはずはなく、むしろ(はかりごと)で成り立っていると言える。それを裏で支える諜報員(キミたち)には表の世界とを繋げてくれる存在が居る方がいいと僕は思うよ』


『誓約魔法で縛られ、妻となった女性(ひと)に何も語れない夫となるのに……ですか?』


諜報員(キミたち)には国の古く悪しき慣習を強いて本当に申し訳ないと思っている。だけどものは考えようだよ?ある意味その誓約魔法にキミたちは守られているとも言えるんだ』


第二王子のその言葉を、今度は別の人間が話し続ける。

団服の肩章があるところを見ると、騎士団のお偉方(えらがた)か。

もしかしたら諜報部の長にあたる人物なのかもしれない。


『誓約を交わしているからこそ、諜報員(私たち)のプライベートは自由だ。誓約の(もと)機密がリークされる恐れがないからな。そして私たちと誓約を結んだ国もまた誓約に縛られ、私たちには手を出せないのだ。まぁ誓約を交わさずとも、それにどのような職務においても守秘義務を厳守するのは当然の義務だが、我々が抱える機密は万が一にでも漏洩したら国家の根幹に関わるものでシャレにならんからな……』


そして再び第二王子が、自嘲の笑みを浮かべながらハルクに言う。



『信頼したくても、信じるに値する人間であったとしても、物事の道理には……大袈裟に言うと自然の摂理にさえ“絶対”というものはない。

その“絶対”を魔法により具現化したのが誓約なんだよ。国とていう大きな大樹においては王族であっても枝の一振り、もしくは果実や葉の一枚に過ぎない。機密を守るために、第二王子()王太子(兄上)も誓約魔法が掛けられている。まぁ国王だけはその例外で、兄上は即位と同時に誓約が解かれるのだけどね。僕たちは一生誓約と人生を共にしなくてはならない』


『……充分、理解しているつもりです』



ハルクは生家を支えるために騎士となった。

スキル持ちであるがゆえに諜報員に任じられるのは想定内で、そして誓約魔法をその身に施されるのも覚悟の上であった。


ハルクの気持ちを勝手に慮ってはなんだが、きっと彼は一生を独身(ひとり)で生きていくつもりだったのだろう。


だけどハルクはカレンに出会った。


モノクロの世界で一人だけ鮮やかに色付く自分の姿を見て、どれほどハルクにとって出会った頃から特別な存在であったのかを思い知らされる。


その後も偶然を装い、ハルクはカレンに会いに行く。

ハルクと一緒にいる自分を、カレンは客観的に見ることができた。


(私、嬉しそう。私ってハルクに会うときはあんな顔をしていたのね……)


ハルクに会えて嬉しいといった笑顔を浮かべるかつてカレンをカレンが眺める。

ハルクの眼差しはこの頃も、そして再会した今も変わらない愛情に溢れたものだ。


そしてある日、ハルクは兄からカレンとの縁談を打診された。


ハルクの心に“自分のような者が”という躊躇いあるのが伝わってくる。


だけど兄から

『お前の他にあと二人、カレンの旦那候補を絞っている』と聞いたハルクが瞬時に決断したのも伝わった。


カレンを誰にも渡したくはない。

こんな男だが、こんな男なりにカレンを幸せにしたい。

そう思ったハルクの心がダイレクトにカレンに伝わる。


ハルクが心を決め、逆に妻にと望む姿をカレンは見つめ続けた。





あと一話、記憶を辿るお話が続きます。

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