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ルイザの書斎にて、ハルクとルイザがチェスの(ボード)を挟んで対峙している。


冬の午後の昼下がり、暖炉の炎に温められた室内はついうたた寝をしてしまいたくなる心地良さだ。


カレンは暖炉の前のソファーに座り、時々爆ぜる薪の音を聞きながらクレオメン家の出納帳の確認をしていた。

と、いうのはこの場にいる口実で、カレンはハルクが語れない彼の事情を知るためにそこに居るのだった。


先日、ルイザはこう言った。

ルイザの術とカレンのスキルがあれば、誓約を犯すことなくハルクの過去を知ることができると。


その話を聞き、カレンは迷いに迷った。

誓約の下に置かれているハルクに、スキルを用いて勝手に覗いてもいいかしら?とは訊けない。

訊いても意味が無い。

ハルクはそれに対し首肯することはできないのだから。

ならば無断で行うしかないのだが、果たしてそれは倫理的にどうなのだろうと思ってしまうのと、真実を知ることへの恐れがカレンを躊躇わせた。


だけどそれらを考える度に、結局は自身の心の中にはまだハルクが居るのだと思い知らされる。


やり直すつもりが本当に一切なく、彼のことがどうでもいいと思っているなら過去のことなんてもはやどうでもいいと思うはずであるし、知ることに恐れをなす必要もない。


恐れ、躊躇い、戸惑うのはハルクへの愛情が残っているから。

()の中の(うず)み火のようにカレンの心の中でじっと熱を持っているのだ。


それを認めてしまったのなら知らねばならない。

知って、その上でもう一度プロポーズしてくれたハルクを突き放すのではなくきちんとした答えを返さねばならない。

そうしなければ、カレンもハルクもこれからの人生を歩んではいけない。

その考えに思い至ったカレンは、意を決してスキルを用いることにしたのであった。



ハルクが誓約の違反に抵触することなく、彼が内に秘めたるものを知る方法……それは何とも単純明快な策だった。


ルイザがカレンに“スキルを強化する術”を掛ける。

その術中のカレンがスキルを用いてハルクの過去を読み取るのだ。

他者の魔力を匂いで感知識別できるカレンのスキルがさらに強化されたことにより、相手の魔力から記憶を辿る、というわけなのである。

ルイザの熟練された魔術とカレンのスキルが揃ってこそ実現できる方法だ。


カレンは窓辺に置かれたチェス用の机の椅子に座るハルクを盗み見した。


(ハルク、勝手に記憶を暴いてごめんなさい……)


とそう心の中でハルクに謝罪をして、慣れ親しんだハルクの魔力に全神経を集中させた。







カレンにとってハルクの魔力はとても心地よいものだ。


他者の魔力に自分の精神(意識)を融合させて辿る。

いわば異物であるはずのカレンの存在を、ハルクは無意識に受け入れてくれているようだ。


一歩間違えれば精神干渉ともいえるこの行為。

ルイザには注意点として決して言葉を発するなと言われている。

カレンが口にした言葉はダイレクトにハルクの深層心理に穿たれ、それこそ精神を操るような多大な影響力を及ぼすのだとか。


なのでそれさえしなければ少しばかり心の中にお邪魔して記憶を(まさぐ)る〈言い方!〉だけだから問題ないはず、多分。とルイザは言っていた。


そしてカレンは気がつけば淡いモノトーンの世界にいた。

ここがハルクの心理の中の記憶の世界なのだろう。

全体的な世界は色合いに濃淡のある白黒……もしくはグレーの世界だが、所々に色彩があるのはハルクの記憶の中でとくに印象深いものなのかもしれない。


辺りを見渡してみると、そこは騎士団本部の敷地内のようであった。

ハルクと同じ歳の頃であろう青年や少数だが女性が一同に会している光景が目の前に広がる。

皆、真新しい団服に身を包み誇らしげに立っていた。


(あ、お兄様もいるわ……!)


ならばこれはきっと入団式の記憶なのだろうか。

そう考えているうちに騎士団長のありがたいお言葉がカレンの耳に届いた。

やはり入団式で間違いないようだ。


ハルクの同期と呼べる彼らの瞳と個々の剣帯の色だけに色彩があるは、当時のハルクがそれらを印象深く感じていたからなのだろうか。


そんなことを考えているうちに次々と場面が展開されていく。


気が付けば違う場所に居た。

重厚なデスクが置かれ厳つい鎧が飾られた一室、多分団長室なのではないかとカレンは思った。


そこでカレンの耳に、

『ハルク・マクレガー。お前には所属する第七連隊の任務に加え、極秘にて諜報活動を行ってもらう』

という団長と見られる中年の男性がそう告げた言葉が届いた。


その時、カレンの鼓膜を震わすことなく直接頭に響くハルクの声が聞こえた。


──やはり兄貴と同じく諜報員に命じられたな。スキル持ちであれば当然か。まぁこれも災害により傾いた領地運営を支えるためなら仕方ないな……。


これはハルクの思考なのだろう。


そういえばハルクの生家であるマクレガー子爵家が収める領地が、何年か前に大きな水害で多大なる損害を被ったと聞いたことがある。

ハルクが騎士となり諜報員として勤めていたのはお金を稼ぎ、家に貢献するためなのだろうとカレンは察した。

そして『拝命します』と告げたハルクの声が、今度は実際にカレンの鼓膜を震わせた。


そこからは数々の任務中のハルクの姿が目の前に現れては消えていく。


対象者を尾行する姿。

平民の自由(フリー)騎士を装い潜入捜査をする姿。

中には荒事がカレンの目の前で繰り広げられた。

血を見るのが恐ろしく、そんな場面を直視することは出来ずに目と耳を塞いでしまっていたが。


そして対象者が女性の場合が一度だけあった。

その女性に近付くためにスキルを用いて別人に扮し、甘い言葉を囁き相手の懐に入っていくハルク。

それを見たときはカッと血圧が上昇するほど憤りを感じたが、カレンと出会う以前の話である。

それにハルクは決して女性には触れなかったし、言葉や品物(アクセサリーや花束など)以外のものを女性に与えることをしなかったのが救いであった。


むしろダイレクトに伝わってくる彼の思考から嫌で嫌で仕方ない……という感情が読み取れたことでカレンの溜飲が下がる。

そしてその女性対象者に贈る装飾品や花を購入する際にきちんと領収書を貰っている姿に、不覚にも吹き出してしまった。

領収書のために使用した名は騎士団の裏の名義なのだろうというところまで名探偵カレンは推測した。


それから給料日には最低限の自分の生活費を残し、給料のほとんどを両親に送金している姿も目の当たりにする。


(こうやってハルクは様々な任務に就いて、生家を支えていたのね……)


そして時折見られるハルクの表の任務や仲間と訓練する姿。

その時は高確率で兄の姿があり、カレンは図らずしも騎士時代の兄の様子も知ることができた。


カレンの知らない、カレンと出会う前のハルクの生き様が目の前を通り過ぎていく。


いつしか兄の姿は見えなくなり、ああ兄は爵位を継ぐために騎士を辞めたのだなと思った。

そのおかげで凡その時間の流れが推測できた。


ある時ハルクはまた団長室に呼ばれる。


そこで第二王子の()()()()の任に当たるように命が下された。

護衛騎士とは表向き、その実はこれからは第二王子の指揮下において諜報員として活動するように命じられたということである。


そしてある日、王子の指示により参加した夜会にて、ハルクはかつての仲間であった兄に声を掛けた。


その場面を見てカレンはハッとする。


ハルクに声を掛けられ、振り向き笑みを浮かべた兄の隣に自分の姿を見つけたからだ。


ハルクとの出会いとなったあの夜会。


カレンは文字通り壁の花となり、その様子を眺めたのであった。




記憶を辿る旅、まだ続きます。

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