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その日、カレンは就寝する少し前の時間にルイザの私室に来るようにと告げられた。


「寝酒に付き合っておくれ。とっておきの古酒をご馳走するからさ」


とルイザはおどけてそう言っていたが、何か大切な話があるということをカレンは察した。


夜着(ネグリジェ)の上にガウンを羽織り、カレンはルイザの私室へと訪う。


「来たね」


迎え入れてくれたルイザは人好きのする笑みを浮かべてそう言った。


「暖炉の前の1人がけのソファーにお座り」


ルイザはカレンにそう言って、自分はチェストから小ぶりな瓶を取り出している。


「お手伝いしますわ」


カレンがルイザの手から重そうな酒瓶を受け取ろうとすると、


「これは珍しい製法で醸造された酒でね、美味しくいただくためにはグラスに注ぐときにちょっとしたコツが必要なのさ」


と言って手出し無用とニヤリと笑う。


大人しくソファーに座って待つカレンにルイザは古酒が注がれたグラスを手渡してきた。

ありがたくそれを受け取り、カレンはグラスの中で揺蕩う蜂蜜色の液体を見つめる。


「この酒はね、死んだ魔物の体を苗床とした植物の果実を蒸留したものなんだ。でき上がったばかりは無色透明な酒なんだがね、長い期間瓶の中で熟成するとこのように美しく淡いブラウンになるのさ」


「そのお話を聞くだけでとても貴重なお酒であるとわかりますわ。市場(しじょう)には出回らないのでは?」


「そうだよ。これは他国で醸造される酒だしね。生産させる量も少ないから、まさに知る人ぞ知る酒さね。王宮魔術師を辞するときに王宮の酒蔵からひと瓶拝借してきたのさ」


「まぁ、ルイザ様ったら」


そうして二人でグラスを傾ける。

芳醇な香りのする貴酒がするりと喉を滑っていった。

蒸留酒と聞き酒精が高いのだろうと思っていたが驚くほど呑みやすく、そして口当たりもいい。

なんというか全体にまろみがあって味わい深い。


「美味しいです」


カレンが素直にそう言うとルイザは「そうだろう」と答え、()もありなんといった表情で笑みを浮かべた。


二、三口酒を口に含んだところでルイザが静かな口調で今夜カレンを私室に招いた理由を話しはじめた。


「お前さんの話を聞いてね。マクレガーに頼んでみたんだ、“舌を見せて欲しい”とね」


「舌を?」


「ああ。マクレガーは私の意図するところを直ぐに理解して、ただ黙って舌を見せてくれた。そしてやはり()()()よ、誓約の魔法印が」


「魔法印は舌に刻まれるものなのですか……?」


「誓約の重さによって部位は変わるけどね。最も縛りの重い誓約は舌に刻まれるのさ」


「……健康面に問題は?」


「誓約を破りさえしなければただの黒子(ホクロ)と大差ないさ」


「そうですか……」


それを聞きカレンは安堵した。

とんでもないものを体に刻まれているのだからそこを安堵してもあまり意味がないとわかっていても、それでも我が身に厄災のようなものを抱えて生きているハルクへの負担は少しでも少ない方がいい。


「あくまでも誓約に対し従順であれば、ただの黒子でいてくれる話だけどね」


「ハルクは一生その誓約に縛られて生きなくてはならないのでしょうか?」


「それが国との誓約だからね。誓約を交わすのが嫌なら、代わりに命を差し出す他ない」


「解除の方法は?」


「誓約は他のフェーズに棲む高位生命体との契約だ。それを上回る魔力で消し去るほかないのだが、そんなことができるのはこの世界では大賢者と呼ばれるお方くらいなものさ。あぁ、術者を殺せばあるいは……かもしれないがそれはあまりに非人道的さね」


「そうですか……」


騎士団を辞めて自由になったとハルクは言っていたが、実質命を縛られたままで何も変わっていないのではないかとカレンは思った。


それなのにどうしてハルクはカレンに復縁したいと言ったのだろう。

過去への(わだかま)りがあるかぎり、カレンがハルクを受け入れることはできない。

同じことを繰り返すことを恐れているからだ。

ハルクならそれを理解してくれているはずなのに。

それなのにハルクはカレンの前に現れた。

何も話せない、いまだ不自由な身であるというのに。


そんなカレンの心を見透かすように、ルイザが言った。


「私が思うに……マクレガーは覚悟を持ってカレン、あんたの前に現れたんじゃないかね」


「覚悟?」


「あんたが望むなら、誓約を破ってでも話す覚悟さ。マクレガーはようやく自由を手に入れたと言っていたが、その自由とは何なんだろうね?ようやく、カレンのために誓約を破って死んだとしても誰も犠牲にならない自由……そういうことなのかね?」


「どういう意味でしょうか?」


「それ自体が憶測に過ぎないのにそれ以上は私にもわからないさね。でもあんたが望むなら、マクレガーは舌を妬かれながらも絶命寸前まで話すんだろうね」


「そんなっ……私、そんなの望んでいません」


「でもあんたは過去に拘り、そこに縛られている。どのみち全てを知らなきゃ先には進めないんだろう」


「それはそうかもしれませんが……」


誓約により知ることができないのだからどうしようもないじゃないか。

ハルクの命を奪ってまで知りたいとは思わないし、そんなことでハルクに死んでほしくはない。

でも、


「でも過去のせいで復縁に踏み切れない。本当はまだマクレガーを愛しているのに」


「もう!ルイザ様……勝手に私の心を読まないでください」


「いくら私でも心の中なんか見えないさね。あんたの顔に分かりやすく全部書いてるのさ。(わたしゃ)それを読み取っているだけで……まぁこれが年の功というやつかね」


「おみそれしましたわ……」


「それでだね、ここからが本題なんだが……カレン、マクレガーが語れなくても知る方法があるとしたらお前さんどうする?」


「……え?」


「私の術と、あんたのスキルを使えば、誓約を犯すことなくそれが可能だとしたら、あんたはどうする?」


窪んだ眼窩から覗き見る深い瞳がカレンを囚えている。

カレンはその瞳から目を逸らすことができずにいた。



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