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「え?ここの領主の令息がグリコさんの娘さんを?」


「そうなんだよ。領主様の次男様がね、たまたまお忍びでふらりと立ち寄ったバルでメイジちゃんを見初めて、そのまま強引にお屋敷まで連れ帰っちゃったんだよ」


ある日の午後、ルイザの館でハウスキーパーを務めるメイドがカレンにそう打ち明けたのだった。


グリコとは壮年のキッチンメイド名で、メイジとはそのグリコの娘である。


話を聞いたカレンは(まなじり)を上げて憤慨する。


「強引にお屋敷にって……それって誘拐じゃない!領主の息子だからって、貴族だからって許されることじゃないわっ!」


「そうだよね……ど、どうしたらいいんだろう……」


「グリコさんの旦那さまは確かずっと前に亡くなって、今はグリコさんとメイジさんの二人家族なのよね……それで、グリコさんは今どこに?」


「ルイザ様のお力でなんとか娘を救えないかと今、相談中だよ」


「こうしてはいられないわっ、私も何かお手伝いをっ……!」


クララはそう言って急いでルイザの書斎に向かった。


ノックをして入室すると、書斎(部屋)の中には主であるルイザと真っ青な顔色をしたグリコ、そしてハルクの姿があった。


「来たね、カレン。この正義感の塊め。自分もグリコのためにひと肌脱ごうって魂胆だね」


ルイザがカレンを見てそう言うと、カレンは顎を突き出してルイザに返した。


「魂胆とはなんですか。同じ職場の同僚として、仲間の窮地を救おうというのは当然のことですわ」


とそう言いながらカレンは、娘を心配し心労から今にも倒れそうなグリコの傍へと行った。


「グリコさん……大丈夫?メイジさんのこと、聞いたわ……」


「カレンちゃん……ありがとうね……」


力なくそう言うグリコの体をカレンは支えるように寄り添った。

そして室内にルイザの年老いても張りのある声が響く。


「さ、じゃあちょっくら領主んとこまで行きますかね」


グリコを支えながらカレンが尋ねる。


「メイジさんを返すように、ルイザ様が直接お話になるのですか?」


「まぁそれしかないさね。ウチの使用人の家族に無体を働かれて黙ってるようじゃルイザ・クレオメンの名が廃るってもんだしね」


「確かにこの街で領主に物申せるのは、かつて王宮で名を馳せたルイザ様しかいらっしゃらないでしょうけど……大丈夫かしら?不在だとかなんとか偽られて門前払いを食らわないかしら……?」


カレンが懸念を口にすると、ルイザがウィンクをして言う。


「じゃあ有無を言わさず転移魔法で屋敷の中の領主の目の前に飛ぶさね」


「個人宅に無断での転移魔法使用は罪に問われます。しかも相手は子爵家。いくらルイザ様でも下手をすれば投獄されてしまいます」


カレンが冷静に諭すとルイザは肩を竦めた。


「仕方ない。それじゃ領主の屋敷の門の前までは転移で行くかね。もちろん先触れなんて出さないよ。無礼には無礼で返すのが私の流儀さ。同行を頼むよマクレガー」


ルイザがそう告げると、ハルクは黙って頷いた。

カレンはグリコをソファーに座らせてルイザを仰ぎ見る。


「私もお供します」


カレンの申し出にルイザは返事をせずにハルクへと視線を向ける。


「だってさ。一緒に連れていくかい?」


「ダメです」


ルイザの問いにハルクは即答だった。


「どうしてよ。ルイザ様だけでは纏まる話も纏まらないかもしれないわ。だから私もお供をして……」


「ダメだよカレン。今度はキミがバカ令息に目を付けられたらどうするんだ」


ハルクの言葉にカレンが反発する。


「そんなわけないじゃない。とにかく、ルイザ様だけでは不安だわ。私も絶対について行きますから!」


「カレンたら、私をまったく信用してないさね。でもそんな言い方はあんまりじゃないかね?」


自分の日頃の行いを棚に上げてルイザが非難の声をあげる。


「ではお言葉ですがもし領主がメイジさんを返さないと言ったらどうする気です?」


「屋敷ごと吹き飛ばすさね!」


「ホラもう!そんなことはダメです」


そんなやり取りを繰り広げるカレンとルイザにハルクが口を挟むように告げた。


「ここはひとつ。俺に任せてもらってもよろしいでしょうか?」


「何をする気だい?何か秘策はあるのかい?」


「ありますね。平和的、かつ可及的速やかに解決する策が」


「おぉ……!なんだいそれはどんな策だいっ?」


ルイザは好奇心が刺激されてワクワクしている。

対するハルクは冷静な口調でルイザに答えた。


「俺はスキルを使って、ある人物に変身します。ルイザ様はその変身した俺と領主の屋敷に一緒に行ってもらえますか?……そうですね、理由づけは古くからの知り合い、でいいでしょう」


「一体誰に変身するつもりだい?」


「それは行きながらお話します。とにかく今は急いだ方がいい。そういうわけだから、カレンはグリコさんの傍に居てあげてほしいんだ。必ずメイジさんを連れ帰ると約束するから」


ハルクにそう言われ、カレンは仕方ないと頷いた。

確かに大切なのは一刻も早くメイジを救い出すことである。


「わかったわ。じゃあハルク、メイジさんとあとルイザ様が無茶をしないようによろしくね」


カレンがそう言うとハルクはカレンだけに見せる穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。


そうしてハルクとルイザは転移魔法にて急ぎ領主の館へと向かったのであった。



残ったカレンはグリコを慰め労り、ときに励ましながら傍に寄り添う。

そして館で働く仲間と共にハルクたちの帰りを待った。


そろそろ夕刻の時間に差し迫り、辺りが暗くなり始めた頃にハルクとルイザはまた転移魔法にて館に戻った。

もちろん、グリコの娘のメイジも一緒である。


娘の姿を見た途端に、グリコは嗚咽を漏らして泣き崩れた。

娘の無事な顔を見るまではと自らに言い聞かせ気丈に振舞っていたグリコだったがメイジの顔を見た途端に張り詰めていた糸が切れたのだろう。

メイジは母に駆け寄り、心配かけてごめんなさいと何度も言って母親を抱きしめた。


メイジは無事であった。

ルイザが調べたところ、屋敷の中に閉じ込められてはいたものの、狼藉を受けずに済んでいたのだった。

令息は酔った勢いでメイジを拉致したものの、父親である領主に知られて叱られるのが怖くなりメイジを物置部屋に閉じ込め隠していたそうなのだ。

ルイザたちが領主屋敷を訪れてはじめてその事が露見したらしい。


「それにしてもすんなりと領主に面会できてよかったですね」


カレンがそう言うと、ルイザが楽しそうに笑った。


「まさかあんな大それたことを仕出かすとは思いもしなかったよ!マクレガー、あんた肝の据わった男だねぇ」


「この地方の領主は長いものに巻かれろ、付和雷同な人物だと聞きましたからね。そんな人間が逆らえない権力を持つ者となって訪えばそりゃ面会拒否なんてできないし、何でも言うことを聞くでしょう?」


「……一体誰に変身したの……?」


「王国宰相第一補佐官のカルビー伯爵だ」


「えっ……!?そ、そんな偉い方に勝手に変身して大丈夫なのっ?」


「問題ないよ。事後報告になるけど、一人の若き女性を救うためにお姿を拝借しましたと手紙で知らせておけば、フェミニストなあの人のことだからご容赦くださるさ」


「ハルク……貴方の交友関係が謎すぎるわ……」


事の次第に驚くばかりのカレンはもはや何と言ってよいのかわからず、そんな言葉しか口から出なかった。


過去には離婚の原因のひとつとなったハルクのスキルに思いがけず救われた形となり、カレンは内心複雑な思いを抱えた。







ちなみに、グリコの夫はモリナガさんという名だったそうな……


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