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「ヤダほんとにイケメーン!メイド仲間が騒いでいたとおり~!」


郵便局に行こうと館の表に出たカレンの耳に興奮した若い娘の声が届いた。

声がした方を見ると門扉のところに立つハルクに他家のお仕着せに身を包んでいるメイドが話しかけていた。


ハルクはこちらに背を向けて立っているのでどんな顔をしているのかはわからないが、他家のメイドは頬を上気させて蕩けるような視線をハルクに向けていた。

そのメイドがキャピキャピと愛らしい声でハルクに言う。


「ワタシ~、そこのお屋敷で働いてるんですけど~、お兄さんはここの護衛さんですかぁ?」


「……」


「あのぅ、よかったらお名前を教えてください~!それでそれで、今晩一緒に食事に行きません?」


若いメイドは色気は皆無だが年相応の溌剌(ハツラツ)さでハルクにアプローチしていた。

カレンはそれをじっと見つめる。


(……若いっていいわね。勢いで自らの望むままに振る舞える)


かつては自分もそうであったと、カレンは過ぎ去った日々を懐かしく思った。

が、ハルクの冷たい声が耳に入りハッと我に返る。


「なぜ?なぜ会ったばかりの人間に名を教えなければならない?」


「え?」


「そんな人間と食事に行くわけがないだろう」


「え?」


「悪いが俺は女が嫌いだ」


「え?」


(カ・え?)


ハルクのその言葉にメイドが目を(しばた)かせてボソリと言った。


「お兄さん、もしかして同性愛者……?」


「好きなように判断してくれ。そして二度と声を掛けないでくれ」


ハルクが端的にそう告げて、唖然とするメイドに背を向けた。

そしてその瞬間にカレンと視線が重なる。


「カレン」


カレンの顔を見るなり、先ほどまでの愛想の欠片もない無表情から一転して、ハルクは柔らかな笑みを浮かべた。


「「……!」」


同じ人物とは思えない豹変ぶりにカレンもメイドも呆気に取られる。

ハルクは嬉しそにカレンの元に駆け寄って来た。


「カレン、出かけるんだろう?」


「……ええ、郵便局まで行こうと思って。貴方はなぜここに?」


「クレオメン様がカレンが外出するようだと教えてくれたんだ」


(もう!ルイザ様……!)

カレンは心の中でしたり顔で微笑むルイザに舌打ちをする。


「一緒に行くよ」


そう言ったハルクにカレンは目を眇める。


「貴方はルイザ様の護衛でしょ?館にいなくてどうするのよ」


「クレオメン様からの雇用条件には“ルイザの右腕……ばかりでなくもはや両腕ともいえる大切な祐筆の警護をハルクは最優先とする”と明記されていたんだ。だから勤務時間内でも問題ないよ」


「ルイザ様ぁぁ~……!」


今度は実際に口に出してカレンは悔しそうにルイザの名を呼んだ。

そしてバッと後ろを振り返り、館を見上げる。

そこには案の定、ニマニマと笑みを浮かべて窓からこちらを覗くルイザが居た。

カレンが恨みがましく()めつけると、ルイザはチュッ♡と投げキッスをして窓辺から離れて行った。


「カレン、行こう」


「近くの郵便局よ。わざわざ護衛なんてしてもらわなくてもひとりで行けるわ」


「俺がキミを守りたいんだ。嫌なら離れて歩くから」


「そ、そこまでしなくてもいいわよ」


「ありがとう。じゃあ行こう」


ハルクに促され、カレンは渋々歩き出す。

するとまだそこに居て黙ってカレンとハルクのやり取りを聞いていたメイドが悔しそうに、

「女嫌いじゃなかったのかよっ!」と言って怒りながら去って行った。


カレンはその後ろ姿を呆れて見送りながらハルクに尋ねる。


「いいの?若くて可愛い娘さんだったじゃない。それに昔の貴方なら初対面の人に、ましてや女性にあんな冷たい態度は取らなかったでしょう?」


「キミを失って、キミ以外の人間が心底どうでもよくなった。女嫌いというより、どちらかと言うと人間嫌いになったのかもな。もう上辺だけで言い寄られるのも利用されるのは真っ平だ」


「……そう」


人当たりがよく、兄曰く誰の懐にも入り込むのが上手だというかつてのハルクとは別人のようであった。


離れて二年。

言葉にするには容易いが、カレンが過ごした二年間よりもずっと過酷な時間をハルクは生きてきたのかもしれない。


そんなことを考えるカレンにハルクは言う。


「でもカレンは別だ。俺はカレンのためなら何だってする。カレンが死ねと言うなら喜んで命を差し出すよ。ようやくその自由を得られたんだ……あ、でも遠くに消えてくれというのは勘弁してくれ。どうかカレンの傍に居させて欲しい」


「重い、重いわよ。死んでほしいなんて言うわけないじゃない……」


「そうか、カレンは優しいな」


「優しさじゃないわよ、常識の範囲で言っているの」


「そうか」


カレンの突き放すようなもの言いにも、ハルクはひとつひつとに嬉しそうに反応を示す。

それが本当にやりにくくて……困る。


そのままカレンはハルクと並んで郵便局までの道のりを歩いた。


互いに口数は少なく沈黙が続くばかりだが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


短い婚約者時代、短い夫婦生活の中でこうやって並んで歩いた日々を彷彿とさせる。


(で、でもっ……それで絆されたりはしないんですからね!)


と、カレンはツンツンと心の中のルイザに言った。








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