11
「……と、これが元夫であるハルク・マクレガーと離婚した経緯なのです。ご理解いただけましたか?」
カレンは復縁を迫る元夫と迫られる元妻という状況を面白がっている雇用主のルイザ・クレオメンに離婚に至った話を聞かせた。
カレンの方に復縁に応ずる気持ちがない理由をきちんとわかってもらうためだ。
ルイザ・クレオメンの祐筆は、ハルクとの離婚後に兄の騎士団時代の伝手で見つけた仕事だ。
離婚してぽっかりと心に穴が空いてしまったカレンを、ルイザはその破天荒さで初っ端から振り回してくれた。
そのルイザの相手(時には尻拭い)をして毎日忙しくバタバタとしているおかげで、カレンはかつての快活さを取り戻したのである。
ルイザはある意味、カレンの恩人であった。
そのルイザは興味深そうに黙ってカレンの話を聞いていたのだが、「ふむ……」と顎に手を置き何やら思案している。
その様子が気になったカレンが再度確認した。
「ご理解いただけましたわよね?」
「カレンはマクレガーがどんな事情を抱えていたのか知りたと思わないのかね?私気になるんだがねぇ」
「……ご理解いただけていないのですね……」
思わずジト目をなるカレンにルイザか言う。
「国の機密に携わるような仕事をしていたということは、まず間違いなくアンタの夫は「元夫です」……元夫は誓約魔法を強いられていただろうね」
「誓約魔法……」
「誓約を交わした内容を他者に話すと酷い制裁が課せられる魔法さ」
「ええ……存じております」
「諜報員として国に仕えていたのなら、かなり強力な誓約魔法を施されていたはずさ。そしてその職を辞したのなら、さらに重い誓約の下に置かれているはず」
「さらに……」
「話そうという意思を持つだけで、舌を灼かれるか両腕が腐り落ちるか、もしくは命を奪われるような。文字とおり制裁が下される恐ろしい魔法さね」
「そんなっ……」
「そのくらいの誓約魔法で縛らなければ、国も諜報員だった人間を簡単に手放すことはできないということさ。殺されないだけマシさ」
「なんて恐ろしい……」
「国を平和に、安寧に治めるには、綺麗事だけでは済まされないということさね。個よりも全を取る。そういうことさ」
「……」
そんな魔法がハルクに……。
カレンは別れ話が出た際にハルクが、
この期に及んでも何も話せないと口惜しそうにしていた姿を思い出した。
あの時、ハルクはどんな気持ちでその言葉を口にしていたのだろう……
という考えが頭に浮かんだところでカレンはハッと我に返る。
「言葉巧みに私を誘導しないでください!もう終わったことで私は絆されませんわよっ」
「チ、絆されてくれる方が面白そうなのに。いや、必死に抗っている姿を見るのも面白そうだね……」
ブツブツと独り言を口にしながら目をキラキラと輝かせるルイザを見て、カレンは辟易とした。
余談ではあるが、
ルイザ・クレオメンはかつて在籍していた王国魔術師団で“無邪気なドS悪魔”という二つ名で呼ばれていたらしい。
「とにかく、私はルイザ様のお楽しみのために翻弄されるつもりはありませんので、あしからず」
カレンがきっぱりとそう告げるとルイザは何処吹く風で答える。
「お楽しみだなんて人聞きの悪い。私後学のために色々と調べてみようと思っただけさね」
「後学ねぇ……」
まぁルイザの好奇心と知的探究心はきっとその生を終えるまで尽きることはないのだろうとカレンも理解しているので、それ以上は何も言わないことにした。
というか言っても無駄である。
カレンはルイザの家で住み込みで働いている。
勤務時間はなし崩し的になりあって無いようなものだ。
だけどその分、自分の差配で私用に時間を割けるのが良い。
ルイザに頼まれた仕事をひと段落させたカレンは、散歩がてら郵便局に切手を買いに行くことにした。
軽く身支度を整えて使用人の勝手口からバックヤードを通って表に出る。
するとカレンの目に、館の門扉のところで一人の女性に話しかけられているハルクの姿が飛び込んできた。