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よろしくお願いします。
「カレン、頼む……!もう一度俺にチャンスをくれっ!!」
とある老魔術師の家で祐筆として働くカレン。
その彼女の元に二年前に別れた元夫であるハルク・マクレガーが突然やって来て、開口一番にそう告げたのだ。
「…………え?」
その突然の出来事に理解が追いつかないカレンは呆然となる。
そんなカレンの様子にハルクは焦燥感を露わにした。
「お、俺のこと忘れてしまったのかっ?俺だ、ハルクだっ、キミを幸せにできなかった大馬鹿野郎のハルクだよ」
「……そんなことはわかってるわよ。たった二年で忘れるわけないじゃない」
「だよな、よかった……!」
「というか……あなた、本当にハルク?……なんか……印象が違うというか……」
カレンはまじまじと目の前にいる元夫を見た。
見た目はあまり変わらない。
少し痩せたかな?と思うが、長身痩躯でありながら筋骨隆々として……相変わらず腹が立つほど見目の良い男だ。
かつてはその艶やかな黒髪も灰色の瞳もスッキリとした端正な顔立ちも全てを愛していた。
まぁそれはもうどうでもいい。
もう全て終わったことだ。
それに印象が変わったと思ったのは外見のことではない。
以前の彼の内面は騎士というよりも文官タイプといった、穏やかで人当たりも柔らかく繊細なイメージであった。
それなのに二年ぶりに対面した元夫はどうだ。
カレンを前にして嬉しそうにしたり申し訳なさそうにしたり焦ったりとじつに忙しい様は昔からそうだったので置いておこう。
だけどこの殺伐としたような、他者を寄せ付けないような物々しい雰囲気はなんだろう……?
(魔力の匂いからハルク本人だとわかるけど……)
そう訝しむカレンの疑問はもっともだとハルクは言った。
「騎士団は辞めたんだ。かといって王国に剣を返上したわけではないから騎士であることに変わりはないが、今は何者にも縛られない自由業の騎士なんだ。だから印象が違うんだと思う」
「え、騎士団を辞めたの?」
(諜報員を辞めたの?)
「ああ」
「よく辞められたわね」
(第二王子殿下のお気に入りだったのに)
「カレンを追いかけたくて必死になって辞めた」
「追いかけるって……もう二年も経ってるのよ」
(今さらだわ)
「辞める条件として課せられた任務の遂行に手間取ったんだ」
「あなたが辞めて、涙を流す女性がいたんでしょうね」
カレンが無表情でそう言うと、ハルクは一際大きな声を出した。
「キミ以外の女がどうなろうと知ったことじゃないっ!あれはあくまでも任務のひとつだったんだっ……!」
(知ってるわ。だけど……)
「……もう昔のこと、終わったことよ。今となってはどうでもいいことだわ」
「どうでもよくないっ終わってないっ……少なくとも俺の中ではまだ何も終わってないんだ。頼むカレン、この通りだ……!もう二度とキミに不安な思いはさせないと誓う!だからどうか、どうかもう一度俺とやり直してくれっ……!」
「無理よ。知ってるでしょう?私は自分勝手な女なの」
「カレンは自分勝手なんじゃない!全ては俺が悪いんだっ!」
尚も必死に食い下がるハルクにカレンは困り果ててしまう。
自分でも驚くほどに低く冷たい声が出た。
「ハルク、本当にもう無理よ」
その声とカレンの表情を見たハルクがくしゃりと表情筋を歪めた。
そして次の瞬間、彼は信じられない行動に出た。
「っ……頼むっ!頼むカレンっ!この通りだっ!」
「きゃあっ!?」
硬い石畳にドガガッ……っと堅い衝撃音を響かせてハルクが膝をついて土下座をしたのだ。
両手と額を地に付け、平身低頭でカレンに許しを乞う。
瞠目するカレンがハルクの後頭部を見ながら慌てて言う。
「ちょっ……やめてよ土下座なんて……!凄い音がしたけど膝は大丈夫なのっ?」
その言葉にハルクはガバッと顔を上げてカレンを仰ぎ見た。
「カレンっ……ありがとう、やはりキミは優しいな……!」
「違うわよもう!優しさで掛けた言葉じゃないから。こんなところで負傷されたら迷惑なのっ」
「大丈夫だ、俺は頑丈だけが取り柄だから」
「知ってる。……知ってるけど……」
面倒なことになった。
どうして今さら復縁なんて。
カレンは地に這い蹲る元夫を見て盛大にため息をついた。