表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/29

新しい光/光一


 海沿いの公園に車を停めて、周りを見回す。

 うん。この時間だし……平日だし、車もまばらだ。

 走らせている間、響平はなにを話しかけても俯いたまま口を開こうとしなかった。

 車を停めて窓を下ろすと、湿った海風が車内を満たす。

 静かだった響平がやっと口を開いた。


「光一。病院は……もういい」

「うん……ごめんな? 俺が連れてったから……辛い目に遭わせちゃって」


 響平は力なく首を横に振った。


「医者の言うとおりだよ。きっと。病気とかそんなんじゃなくって。俺、頭がおかしくなっちゃったんだ」

「俺はそうは思わない。というか……さっき確信した」


 自分の手のひらをぼんやり見ていた響平が、視線を俺へと向ける。捨て犬みたいに悲しい目だった。


「かくしん?」

「キッカケは分からない。でも、響平は第六感が冴え渡っちゃってるんだよ」


 なんて言っていいのか……。

 俺にも上手い言葉が見つからなかったけど、響平はボソボソ言った。


「うん。わかるよ? 光一の言ってること。俺もそう思う」

「え? ホント?」


 うなじを指先でポリポリと掻き、響平は深刻そうに言った。


「……わかるんだ。きっと。人が死んじゃうのが」

「それってさ、一種の超能力だよ? 共振って言ったけどもっとすごい能力が開花しちゃってるんだよ」


 元気のない表情をしてた響平が少しだけ微笑み、また視線を落として海を見つめた。


「……いらないよ……そんなの」

「ああ。まぁ。確かに……医者じゃないし、スーパーマンじゃないし、事前に分かったっていいことなんかないよね……」


 ただ耳鳴りがして、頭が痛くなるだけなんて……ん?


「響平、他にはなにも感じないの? 不思議なこととか」

「……ぅん」


 響平は一瞬黙ったけど、こくんと頷いた。


「そっか。気分転換にさ、散歩でもしない? ほら、ちょうど、夕日が綺麗だよ?」


 映画でよくあるサイコキネシスとか、エスパーとか? なんてちょっと想像してみたんだけど、そういう能力は無いらしい。他人事だと思って面白がってる! と怒られちゃうから言わないでおこう。


 響平は渋々といった感じに頷き、車を降りた。

 公園の入口にある自販機でジュースを買う。公園では、もう日も暮れるというのに、幼い兄弟がフリスビーで遊んでいた。お兄ちゃんは小学二、三年生くらいだろうか? 家がこの辺りなのかもしれない。


「もーっ、ちゃんととれよー」

「にーちゃんが、まっすぐなげてよー」


 投げる側も、受け取る側もまだまだ下手くそな感じで、微笑ましい光景を眺めていた。


「あー! もぉー!」


 お兄ちゃんの方が渾身の力で投げたフリスビーが、響平の足元に転がってきた。

 これ、力入れちゃダメだよね。軽く投げるもんなのに。

 響平は屈んで手に取ると、走ってきた弟くんに目線を合わせ「はい」と渡した。


「ありがとう!」 


 ニコニコ笑顔でお礼を言った弟くんに、響平もニコッと笑い、立ち上がりひらひら手を振る。笑顔になった響平をホッと眺めていると、響平が顔をしかめた。みるみる青ざめていく顔。


「ど、した?」


 響平が俺の腕をギュッと掴んだ。


「光一……あの子、死んじゃう」

「……え?」


 ギョッとして兄弟を見つめた。投げ返す弟くん。フリスビーは力なく、お兄ちゃんの足元に落ちた。


「へたくそ~」


 お兄ちゃんはそれを拾うと、見本を見せてやる。といわんばかりに大きく腕を振った。高く上がるフリスビー。風に煽られたフリスビーは公園の敷地を超えてしまった。


「わー! あははは」


 弟くんは両手を伸ばし、空を飛ぶフリスビーを見上げながら夢中で追っかけてる。その先は道路だ。


「光ちゃんっ!」


 響平が叫んだのと同時に走った。空しか見てない子供の腕をガッと掴むと、弟くんはビクッと俺を見上げた。目の前の道路にフリスビーがポトンと落ちる。次の瞬間、大型のダンプが勢いよく走り抜けた。

 ──────っ!

 冷たい汗がスッと背中を伝う。


「……道路に落ちたら、拾うのは危ないよ?」

「う、ん……」


 振り返ると響平が地面に座り込み、心底ホッとした顔をしていた。


「危ないから。お兄ちゃんが取ってくるよ」


 俺は左右を確認して道路の真ん中に落ちたフリスビーを拾った。

 公園に戻ると、弟くんを守るように響平が立っている。そのうしろにお兄ちゃんが半泣きな顔で立ちすくんでいた。叱られると思ったのかもしれない。俺はお兄ちゃんの方へフリスビーを渡すと、頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「もっと道路から離れて遊ぼうな。それにもう暗くなる時間だから、家に帰った方がいいぞ?」

「うん……ありがとう」

「ありがとうなら、こっちのお兄ちゃんに言いなさい」


 響平を指さすと、兄弟は声を揃えて「ありがとおございます!」と大きな声で言って頭をペコッと下げた。「え?」という顔のあと、響平が嬉しそうに「うん」と頷く。


「バイバイ。気をつけてね」

「はーい。おにーちゃんばいばーい」


 大きな声を上げ手を振り、手を繋いで公園から出て行く兄弟を見送る。

 響平も、ションボリ顔とバイバイできたらしい。


「帰ろっか?」

「うん!」



  ◇ ◇ ◇



 響平のアパートに到着したのは六時頃だった。


「今日は色々あって疲れたと思うから、早く寝ろよ?」

「うん。ありがとう」

「うん。おやすみ」


 響平がチラリと俺に視線を向ける。


「ん?」


 車を降りないで、チラチラチラチラこっちを見る。

 な、なんだ? なになに?


「え……なに? どした? あ、また耳鳴り?」

「ううん……そうじゃ、ないんだけど……」

「ないんだけど……?」


 そわそわしてるような、もじもじしてるような煮え切らない様子。

 微妙な空気にドキドキしてきた。

 こ、これは、まさか……いやいやいや。 ないだろ? それはないだろ? 変な期待しちゃダメでしょ? 

 押さえつける感情はまったくその威力を弱めようとしないで、どんどん膨らんでくる。

 響平がピクッとほんの一瞬なにかに気づいたような表情を見せた。頬がうっすらと赤くなる。


「あ、の……さぁ……」


 か、かわいい……ってこんな時に俺ってやつは! 

 邪心をはねのけ、俺は生唾を喉へ押しやった。


「う、うん……」

「玄関まで……いい……かな?」

「ん? う、うんうん。もちろん送ってくよ」


 元気に見えるけど、やっぱりまだ不安なのかな? 本当なら、横で添い寝して寝顔を見守ってやりたいくらいだけど。そんな申し出をしたらきっと「はぁ?」って返されちゃうかもしれないし。いや、確実に追い返される。というか、せっかく仲良くなれたのにまた振り出しに戻ってしまう。それだけは絶対に避けたい。

 玄関まででも十分だ。

 些細なことでもいい。俺を頼ってくれるのが嬉しい。

 うしろを歩く俺を気にするように響平は歩いていたけど、ポケットから鍵を取り出しドアへ差し込んだ。

 ドアを開け、俺を上目遣いで見上げてくる。

 な、なんだろう……なんかさっきから様子、やっぱり変だよね?

 そう思いつつ、響平の上目遣いに否応なく顔が熱くなる。


「…………」


 しばらくの沈黙に戸惑ってると、響平がいきなり両手を広げ、バッと抱きついてきた。


「いっ!」


 ドッキーン! と高鳴る心臓。慌てて回す腕。

 きょ、響平……!?

 抱きしめ返そうと腕に力を入れたら、響平は深呼吸するように大きく息を吸い、俺の背中をバシバシバシと叩いた。わけがわからなくてビックリしてるとバッと離れる。

 な、なんだ、ハグ……だったのか?

 響平の表情はなんだかすごく嬉しそうというか……やけに満足そうだった。


「今日は本当ありがと! じゃあ、また!」

「う、うん。……また……」


 響平はニッコリ微笑むと、顔の横で手をパッと開いてクルリと回転。すんなり部屋の中へ入っていった。目の前で閉まるドア。


「…………」


 はぁ~~……ビックリした。

 胸に手を当て、こっそり息を吐く。

 まだドキドキしてるよ。でも……。

 頬が緩んでしまう。

 朝はどうなるかと心配したのに……。

 全身に感じるハグの余韻。

 あぁ、夢みたいだ。これ以上を期待するなんて、贅沢だよな。


「おやすみ」


 閉まったドアにそっと呟いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 良かったぁ ホッとした!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ