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受診/光一


 翌日、有給休暇を取り、響平と二人で総合病院へ行った。

 響平は病院を目の前にして、顔を曇らせた。それをどうにか説得して初診用の受付へ並ぶ。

 病院はひどく混雑していた。朝一で来たのに、三つの窓口にはそれぞれ十人くらいの列ができていた。

 身を縮め、ビクビクしている響平の背中を大きく撫でる。

「あっちに座ってていいよ? きっと問診票とか書かなくちゃいけないから……保険証だけ貸して?」

 響平は頷き、保険証を俺に渡すと、青ざめた顔で長椅子が並ぶ総合待合所へフラフラと歩いていく。どう見ても病人だ。今朝起きた時の方がもっと元気だった。

 ……どれくらいかかるかな〜。

 あんまり長時間だと響平が疲れてしまう。「緊急を要するんです!」なんて俺が訴えた所で普通に受診を待たされるのがオチだろうし。いっその事、救急車呼んだ方が早かっただろうか? とはいえ、頭痛や耳鳴りの症状が起きてない状態で救急車を呼ぶことはできない。


「大丈夫ですか! もしもし!」


 突然、女性の声が背後から聞こえ、ギクッとして振り返る。


「響平っ!」


 長椅子のすぐ横で、頭を抱えてうずくまる響平の姿に慌てて駆けつける。


「響平? 大丈夫?」

「……っ」

「担架持ってきて下さい!」


 響平は痙攣していた。顔を歪め、ワナワナと体を震わせる。痛みに声も出ないようだった。血管の浮き出る手が、俺の腕を掴んだ。


「すみません。下がって下さい」


 助けを求めるように俺の腕を掴んだ響平を引き剥がす看護師たち。すぐに駆けつけた医者が心臓に聴診器を当てる。


「発作はありますか?」


 医者が振り向き俺に尋ねる。俺は響平から目を離せずかろうじて言った。


「頭です。激痛がするって……」

「脳溢血かもしれん。処置室に」

「はい!」


 その時、ギュウッと目を閉じていた響平がゆっくり目を開けた。

 体から力が抜けたのが見ていて分かった。

 まただ、また、治ったんだ。

 俺はホッとして近づいた。でも医者に遮られる。


「廊下で待ってて下さい」

「あ……」


 響平は物悲しそうな顔で、処置室に運び込まれた。それを見送り、よろよろと長椅子に座り込む。

 いったい響平に何が起こっているんだろう。俺の知らない間に……。

 長すぎた六年間。忘れようと考えたこともいくどもあったけど、結局忘れるなんて無理だった。ううん。忘れたくなかった。響平と過ごした三年間。ありきたりでくだらない毎日がキラキラと輝いていた日々。俺にとって大切な宝物だったから。その宝物を取り上げられたからって、はいそうですかと忘れられるもんじゃない。

 響平はいつも自然体で、ありのままの自分でいいと俺に教えてくれた。俺自身を見てくれた人。俺の大切な人だから。今度は俺が響平の支えになりたい。



  ◇ ◇ ◇



「本当に異常はないんですか?」


 俺の当然の質問に、医者も首を傾げる。


「うーん……影とか見当たらないんだよねぇ。この写真を見て下さい。動脈硬化なんかで血管が詰まってる人はこんなふうに途中から血管が細くなったり、こんなふうに(こぶ)が出来ているんです。神崎さんのはこちらです。血管の詰まりも、出血もない、以前に血管が切れた痕跡もありません」

「はぁ……」

「この血管をみる限り、脳内はとても健康です。耳鼻科の所見も同じです。眼科もです。なぜ急に頭痛が起こったのか……判断が出来ないですね」

「じゃあ、脳内に悪性の腫瘍はないんですね?」

「はい。見当たりません。MRIがこちらです。脳を輪切りにした状態の写真ですね。こちらを見ても腫瘍はないです」

「……そうですか」

「血液検査も緊急で回したので三日後には結果が出ます。なので、次回、今度の水曜日の午前中に来てください。明後日です」


 俺は医者の説明を真剣に聞いていたけど、隣の響平は沈んだ表情で俯いている。

 諦めてるようにも見えた。

 響平は病院内で倒れたことで、脳の検査を緊急で全てしてもらえた。

 しかし、検査結果は異常無し。医者が首を傾げるのも無理ない。目の前で苦しむ姿を実際見ているのだから。

 響平は俯いて話を聞いていたけど「神崎さん」と呼ばれ、顔を上げた。


「もしかすると、精神的な問題かもしれません。精神科の予約はとれましたので、今から行ってきて貰えますか?」

「今日は……また、改めて予約いれます」


 響平が言いにくそうに言った。

 そうだよね。異常がなかったのはすごくいいことだけど、根本的なことは何も解決できなかった。原因不明なら対策も取れない。振り出しに戻っただけ。ガッカリするよね。


「あの、すみません。本人も疲れちゃってるんで、明後日、血液検査の結果が出てからでもいいですか? その時、ついでに精神科の方も行きます」

「ああ。それでも構いませんよ。じゃあ、明後日の予約に変更しておきますね」

「すみません。お願いします」


 お辞儀をしてふたりで診察室を出る。

 あっちの検査、こっちの検査、あっちの科、こっちの科とグルグル診察と検査に歩いて、響平はヘトヘトになっていた。時間もすでに午後三時になろうとしている。


「ふー。……一日病院で疲れたね。でも、脳に異常がなくて本当に良かった」

「うん、付き合ってくれてあ……」


 建物を出て駐車場へ向かっていると、響平の言葉が止まった。ハッとする。


「大丈夫?」


 歩みが遅くなる。俯いた顔が辛そうに歪んだ。

 かすかに聞こえてくるサイレン。

 響平の歩みは完全に止まった。耳を両手で強く押さえている。

 また!?

 サイレンはどんどん近づき大きくなり、フッと止まった。敷地内に赤灯を回しながら入ってくる救急車。俺は救急車を見て、響平を見つめた。『緊急搬送口』に救急車が滑り込む。次の瞬間、ビックリするようなダッシュで響平が走った。


「え? ええ? 響平?」


 慌てて追いかけると、響平が車のドアをガタガタ開けようとする。響平の顔面は蒼白だった。俺も追いつきドアに触れる。解除音がするなり響平は助手席に飛び込み、ブルブル震える体を抱え込んだ。


「車出してっ」

「う、うん」


 慌ててエンジンをかけ、病院から離れた。大通りに出て、ひたすら病院から離れる。ふと前方を見ると、今度は県立病院が見えてきた。

 まずい。

 慌てて、右へウインカーを出す。チラッと横を見る。響平の震えは止まっているようだった。思いつめた目で前を見つめ、グッタリと窓に寄りかかっている。

 俺の思ったことが正しいのなら、人が少ない方が響平にはラクなハズだ。

 どこなら静かだろう。海か……。

 俺は無言で、海岸を目指し車を走らせた。




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