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ランチのお誘い/光一


「……響平?」


 眠くなる作用はないはずなのに、渡した薬を飲んだ途端、響平は眠ってしまった。もしかして睡眠不足からくる頭痛だったのかもしれない。

 それにしても、六年ぶりの再会なのに、まともに会話もなく寝ちゃうなんて……。なんというか……響平らしいなって思えて、昔と変わらない寝顔に頬が緩む。

 目の下にうっすら浮かんでいるクマ。疲れきった顔を眺めて思った。

 今、響平が横にいる。すぐ隣で寝ているなんて本当に信じられないよ。空白の六年間。忘れたことなんてない。

 届く同窓会の知らせ。きっとまた会えないんだろうなと思いながらも、いつも参加に丸を付けた。

 ドキドキと胸を高鳴らせては、会場で落胆する。分かっていても唯一のチャンスに賭けてしまう。自分の臆病さと諦めの悪さが憎らしかった。

 でも、会えた。こうして、二人きりで。やっと……。

 寝顔を見つめているうちに、じわじわと車内が暑くなってくる。春の陽気のせいだ。

 どうしよう。エンジンかけたら起きちゃわないかな? せっかくグッスリ眠っているのに……。

 仕方ないと思い、エンジンをかけ建物の日陰に車を移動させようとした。でもエンジンをかけた途端、家に連れてってしまおうかと思い立つ。

 響平の車がどれなのか分かんないし、車で来たのかすら分からない。でも、家まで行けば部屋に上がってくれるかもしれない。部屋へ上がってくれたら、再会を二人でゆっくりと喜びあえる。立ち話なんかで終わらせたくない。せっかく会えたのに。

 決心した俺は、これ以上ないほどの安全運転で、車を発進させた。

 一人暮らししているマンションはここから数分。着いたら、響平を起こしてみよう。それで、まだフラフラしてるようなら、家で横になってもらって……。

 前方の赤信号に最徐行で車を停め、響平の寝顔を見た。

 変わってない。本当に変わってない。柔らかで品の良い顔立ち。キュッと結んでいても、唇の端っこが微笑んでいるように上がっている口元。

 響平はいつも口角を上げてムニッと笑う。その口元は響平自身の優しさと自信を現しているように思う。すぐに分かったもの。響平だって。

 ルームミラーで自分の顔を見る。

 俺は? 俺は変わったのかな。あの頃より、いい男になれているのだろうか? 響平が一瞬、返事が遅れたのは、思い出すのに時間がかかったからだろうか?

『え……光一?』

 疑問符はついていたけど、久しぶりに名前で呼ばれて嬉しかった。

 ウキウキ考えていると、マンションに到着。響平の肩に触れようとして、汗ばんでる手をシャツでゴシゴシ拭った。


「響平? 大丈夫?」


 肩を軽く揺すってみた。響平がゆっくり目を開け、視線をキョロキョロと動かし俺を見た。窓からの景色を見てビックリしていたけど、不満そうではなくてホッとする。


「ここ、俺の住んでるマンションの駐車場だよ。それより、頭痛はどう?」

「あぁ……うん。ぼーっとした感じは残ってるけど、今は大丈夫。光ちゃんの言った通り、よく効くんだね。この薬」


 光ちゃん! 昔みたいに呼んでもらえて一気にテンションが上がる。


「そっか。良かった! んで……響平、その、予定とか、ないなら上がっていかない? 久しぶりだしさ。ゆっくり話したいなって……この薬で良かったらさ、箱ごとあげるし。新品のやつ」


 薬をあげるから部屋に上がらない? って、必死過ぎるだろうか? そんな自分を内心笑う。でも、やっと会えたし。体裁なんて気にしてる余裕無いよね?


「くれるの? 助かる。お邪魔していいの?」


 俺の言葉になんの抵抗もなく応える。感謝までされちゃった。


「じゃ、行こう。ゆっくり動いてね?」

「うん、ありがと」


 ◇ ◇ ◇


 響平は部屋に入った途端、大げさに声を上げた。


「え……、一人ですんでるの? いいとこ住んでるねぇ」

「そっかな……。テキトーに座っててよ。コーヒー入れるから」

「うん」


 ダメだ。俺、ちょっと緊張してる。話したいことがいっぱいあるのに。

 コーヒーメーカーをセットしながら、頭をフル回転させる。


「きょ……」

「そーいえば、光一さ。今、どんな仕事してるの?」

「え……」 


 光ちゃんから、また光一に戻ってしまった。ちょっと残念。


「税理士だよ」

「へー、税理士? すごいね。なんかカッコイイじゃん。似合ってる」

「似合ってるかな?」


 カッコイイと言われたのは素直に嬉しい。単純だけど、頑張ってよかったと思う。


「うん、似合ってる」


 響平が「へへ」と照れたように笑って言うから、ソワソワしてしまう。

 ちょっとやんちゃで、人懐っこい笑顔。こういうところも変わってない。緊張するでもなく、自然に近くにきてくれる感じ。俺はホッとするのと同時に、胸がギュウと絞られるのを感じた。

 コミュニケーション能力が高い響平。その空気で俺と別れてからの数年間、きっといろんな出会いを重ねたよね。響平にとって、俺との三年間なんて大した位置にないのかもしれない。

 俺はずっと忘れなかったのに。ずっと会いたかったのに。響平にとっては……。

 カウンター内から響平の横顔をジッと見つめていると、響平がパッとこっちを見て目が合った。ビックリして、誤魔化すように話題を振った。


「てかさ、頭痛が続いてるなら病院行ったほうがいいよね? どうせ行ってないんでしょ?」


 俺の突っ込みに、響平は顔をしかめた。


「行ってない。大変じゃん病院って。待ち時間も長いしさ。でも、頭痛だけなんだよ。熱も、鼻水も、咳だってでないし」

「土曜日なら午前中は診察してるんだから行こうよー」

「あははは」

「あははは。じゃないってば」


 コーヒーを飲みながら響平の近況を尋ねた。現在はコンビニスイーツの開発部門で働いているとのことだった。


「開発って言っても、データ集めが主だったりするから、目が疲れてんのかなぁと思って、日頃から目薬とか? あっためるアイマスクとか? いろいろ試してはいるんだけどね。昨日はちゃんと九時間も寝たし」

「スイーツ開発? すごいね!」

「うん! 試食三昧だし、けっこう楽しいよ」


 嬉しそうな響平。なにをやらせてもそつなくこなす器用なところは今も健在みたいだ。高校時代も、持って生まれたセンスと勘、それに頭の回転の早さでのらりくらりと楽しそうに生きていた。その肩の力の抜けた生き方を羨ましいと思いつつ、俺は俺のやり方で歩いていくしかないこともわかってた。


 思い出話で盛り上がっていると、キュルルル〜とどこからか音がした。響平が恥ずかしそうに腹を摩る。


「朝飯も食べずにドラッグストア行ったから……」

「そりゃ腹ペコじゃん。頭痛も治まったみたいだし、ランチ行こうよ」

「いいね!」


 よし! 俺としては上出来。すごく自然な流れでランチに誘えた。響平のお腹の虫に感謝!

 ふたりで部屋を出て、駐車場へ。ウキウキしながら車のエンジンを掛けた。

 隣に響平を乗せてドライブなんて夢みたいだ。こんな風にふたりでドライブ。仲良くランチ。あの日からずっと諦めていた。

 シートベルトをはめながら、響平がスンスン鼻を鳴らす。

 さっきから時折、匂いを嗅ぐ仕草を繰り返してる。しかもその度になぜか、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。

 学生の頃にクンクンする癖なんてあったっけ?  

 響平がニコニコ顔でこっちを見た。可愛い。


「いい天気だね!」

「うん」


 外は気温がどんどん上がっている感じだ。エアコンを入れて、響平をチラッと見る。

 これから、ここから、また響平と繋がれたらいい。

 信号で停車すると、舗道の桜が目に止まった。

 この陽気に一斉に開こうとしている膨らんだ蕾。

 綻んだ部分から覗くピンクの花びらは、俺たちのこれからの未来を暗示しているような気がした。


 大きなビルの群れからちょっと離れた住宅街へ入って行くと、目的の店に到着した。

 アンティークな店構え。

 枕木の階段を五段登ってドアを開ける。店内はブラウンで統一しており、落ち着いた雰囲気だ。南側にオープンカフェスペースがある。春の陽射しを受けたガーデンを眺めながらランチを楽しむ客が三組。背の高い木と、可憐な青や白い花が咲き乱れる花壇。大きく広がった緑色のパラソルが見た目にも爽やか。道行く人からの視線を庭木でセンスよく遮りながら、開放された空間に仕上がってる。俺のお気に入りの店。


「へー、オシャレだね。俺、こんなトコ入ったことないよ。彼女とのデートですらファミレスとファーストフードで済ませてたし。さすが光一だね。なんか緊張すんな」


 響平は両手をスリスリ擦り合わせ肩を竦めた。


「あはは……大丈夫だよ。普通の店とシステムは同じだから」


 デート……。そうだよな。響平、人気あったもんな。女の子と付き合うとか、年齢を考えたら当然で。俺の知らない響平を知っている人間が大勢いるんだと思うと、せっかく会えて嬉しいのに、悔しい気持ちが込み上げてくる。


「どした?」


 顔を覗き込まれて、その瞳に言葉が詰まった。


「あ、ううん。今度、ここに連れて来てあげたら? きっと喜ぶよ」


 心にも無いことを口走ってしまう。響平は俺の言葉に、情けない顔で笑っておどけるように言った。


「残念。とっくの昔にバイバイしちゃったよ」

「あ……そなんだ。ごめん。変なこと言っちゃって」


 謝りつつ、パアァァァァと目の前が明るくなる。

 ごめん。現金だよな俺。でも響平がフリーなのが嬉しいって思うのは紛れもない事実で。

 響平は「ううん」と首を振って俯くと、眉を下げ苦笑いした。

 スタッフがやってくる。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

「はい」

「ただいま、店内と店外どちらもテーブルは空いております。お好きな席へどうぞ」

「じゃ、せっかくだし、外行っちゃう?」

「そだね。お天気もいいし」


 テラス席へ座ると、響平はさっそくメニューを見ながら、鼻をスンスンさせた。やっぱりクセなのかな? それともカレーの匂いに気付いたのかもしれない。響平、カレー大好きだったし……きっと今も好きに違いない。どちらにしろ可愛い。思わずこっそり観察したくなる。

 俺の視線に気付いたのか、メニューから顔を上げ、上目遣いでキョトン顔する。


「ん?」


 またドキンと胸が鳴る。


「き、決まった?」

「俺、温玉カレーとコーヒー。光一は?」

「俺もそれにしよう。ここ、カレー、マジ旨いから」

「おおー、俺ね。カレー大好きなんだよね」

「うん。そうだね」


 嬉しそうな表情で響平は店員さんを呼んだ。注文を済ませ二人で「腹減った」を連発する。楽しそうに話していた響平が、眉をひそめ、しかめっ面でこめかみをグリグリと指で押さえる仕草をした。


「響平?」


 今度は両手でこめかみを押さえだした。随分辛そうに見える。


「ねぇ、光一。今って、薬ある?」

「うん。痛くなってきちゃった?」


 苦しそうな表情で静かに頷く。

 俺は鞄を開けて、さっきと同じ薬を一錠渡した。


「はい」

「おお、ありがと」


 この薬、六時間くらい効果が続くはずなんだけど。

 響平は水で薬を飲むと、またグリグリとこめかみを押さえた。しばらく押していたけど、程なく痛みが引いたようだった。


「……治まってきた」

「そっか。良かった……」


 響平の顔に少しだけ笑顔が戻ったけど心配だった。

 薬が効いて良かったけど、原因はなんなんだろう。CTを撮った方がいいのかも。もしかしたら、頭の中に腫瘍があるのかもしれない……。

 怖い想像をしていると、カレーが運ばれてきた。


「おー、いい匂い」

「でしょ? マジで美味いから! 食べて食べて」

「うん、いただきます。お、めちゃ美味しい」


 楽しく食事を終え、コーヒーを飲みながらアドレスを交換し喜びに浸っていると、また響平が辛そうに目を瞑った。

 また? いくらなんでも短すぎる。脳卒中や脳腫瘍の可能性だってある。めんどくさいなんて言ってる場合じゃないよ。やっぱり病院へ……。

 考えていると、響平がこめかみじゃなく、今度は耳を押さえた。塞ぐ両手に力が入っている。


「ちょ……響平? 大丈夫?」

「うぅ……」

「痛いの?」

「耳鳴りがする……すごくうるさい、頭が割れ……そう」

「耳鳴り……?」


 頭を抱えるように、響平は上体をテーブルに伏せてしまった。次の瞬間、甲高い悲鳴が上がる。


「キャーーーーーーー!」



次は21時頃に更新予定です。

よろしくお願いします。

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