電話/光一
響平を降ろし、駅から会社へ向かう。
いつもと違うルート。でも思ったより道は混んでいない。これなら余裕で間に合う。毎朝この時間か、もう十分くらい遅くてもいいくらいだ。
毎朝一緒に起きて、一緒に朝ごはんを食べて、駅まで送って、帰りはお迎え。
ニヤニヤと頬が緩む。
本当は喜んでる場合じゃない。それはよく分かってる。不謹慎だって。でも……。
昨夜の不安そうな響平を思い出した。
そして俺の胸でホッとしたように眠りについた響平を。
嬉しくて、愛おしくて、堪らなかった。こんな風に響平と暮らす日がくるなんて思いもよらなかった。ずっとずっと胸の奥にしまっていた大事な恋。表に出してはいけない想い。離れてしまった大事な人。
あの時は追いかけることも出来なかった。もっとなにかしていたら、勇気を出して行動していたら、二人の道は交わることができたのだろうか。
少しの郷愁とともに、そう思い返すことはあったけど……それも、セピア色の思い出になりつつあった。初恋と同じように、いつまでも忘れることなく静かに俺の胸の中で存在し続ける。きっと、これからも……そう思っていたのに。
あと信号三つで会社の正門へ到着する。
赤信号で停車した、その時だった。響平からの電話。あとちょっとで駐車場だった。でも嫌な予感がして、左側にあるコンビニへ頭から突っ込んだ。
「もしもし? 響平? もしもし?」
響平の声が聞こえない。
ガタンガタンと走行音がする。電車の中だ。間違えて通話を押してしまったのだろうか?
ホッとした途端、知らない男の声が聞こえた。
『え、お、おいあんたっ、ちょ、大丈夫か!』
『なんだ。どした?』
『意識がないぞ』
『誰か、車掌呼んで!』
耳へ流れる音に血の気が引いた。
まさか、電車の中で襲われたのか!?
「響平? 響平!」
叫んでも届かない。次に聞こえたのは女性のアナウンスだった。
『……快速線です。次は……』
俺は携帯を通話状態にして耳へ挟んだまま駅へ車を走らせた。車内のサラリーマンたちの会話から響平が誰かに刺されたという情報は入ってこない。でも意識がない状態らしい。
『とりあえず次の駅で降ろそう』
ガサガサと物音のあとに女性の声がした。
『あ、携帯落ちました。……通話になってない?』
「もしもし?」
『あ、あのー。電話の相手の人、具合が悪いみたいで。次の駅で救急車を呼ぶと思います』
「すみません。今、駅に向かってます。駅員へ伝えてもらえますか!?」
『あ、はい。分かりました』
「携帯はそのまま駅員へ渡してください!」
『そうですね』
騒音の中、『この人の友達が次の駅に来るって』と会話している声がする。そうこうするうちに電車も駅へ到着したようだった。
『せーの』
『よいしょ』
数人の男性が電車から響平を運ぶ声が聞こえる。
一体何が起こったんだ……。
俺はハンドルをギュッと握り締めた。