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夜回り/響平


 土曜日公園で痴漢を御用した俺達は、日曜も狩りに出かけた。しかし、悪臭を放つ人間を発見することはできなかった。

 幸い……なんだろうけど、拍子抜け感は拭いきれない。


 力があるのに発揮できずにくすぶる。そのやるせなさに悶々としながら平日を過ごしていると、光ちゃんから連絡がきた。


『俺、考えたんだけど……次は夜回りしてみない?』

「夜回り?」

『悪事を働く時って顔が割れない夜の方が圧倒的に多いと思うんだ』

「はっ、確かに」


 ということで今度は土曜日の夕方に待ち合わせすることにした。


 せっかくだから一緒に食事をして、夜の繁華街をぶらつく。酒はもちろん飲まない。悪い奴を見つけても酔って足がもつれてたんじゃ意味ないからね。

 三時間ほどあちこちの表通りや裏道をぶらついたけど、なんの異臭も感じないし、事件にも遭遇しない。


「やっぱり空振りか〜。いや、空振りの方がいいんだけどさ」

「あははは。まぁそうなんだけど。なんかごめん」


 光ちゃんがすまなさそうに謝る。

 違う違う光ちゃんのせいじゃないよと手を振った。


「この前はたまたま運が良かっただけだよ。って、なんか俺さっきから犯罪推奨派みたいじゃんね」

「うん。でも俺は夜回りしがてらこうやって過ごすのも楽しいから良かったけどね」


 光ちゃんの言葉に「そうだね!」と頷く。


 九時頃はかなり賑わっていたのに、十一時過ぎともなると歩く人もまばらだ。俺たちもそろそろ帰ろうかと駅へ向かった。

 反対方向から、歩いてくる人影に気が付く。一瞬ドキッとしたけど、スカートにヒール姿の女性だった。酔っているのか足取りが若干ふらついている。


「うんうん。……そうなのー。ほんと、しつこいったら……」


 水商売系の人かな? 携帯を片手に楽しそうに会話をしている。キツイ香水の匂い。 

 まぁ、俺の感じる悪臭なんかより百倍もいいけどさ。

 人通りも途絶えてるし、商店街からもちょっと離れてるのに全然気にしてないみたいだ。慣れてるんだろうな。でも端から見てると無用心そのもの。なにが起きてもおかしくない。この人を張り込みしてたらあるいは……? なんて良からぬことを考えてしまう。


「……無用心だね」


 光ちゃんがボソッと言う。どうやら同じことを思ったらしい。


「うん。悪意のある人に狙われるかもなんて一ミリも思わないんだね」


 その女性とすれ違って間もなく、今度は一台の原付がゆっくりと走ってきた。違和感を感じる。暗い道なのにヘッドライトがついていない。

 街灯にぼんやり照らされたシルエットで、頭がふたつ見えた。

 俺はチラリと隣の光ちゃんを見た。

 光ちゃんも、なにかに気付いた様子だった。ジッと前方の原付を見ている。

 原付がこっちに向かってゆっくり近づいてくる。

 ────キタ。

 独特のあの異臭。

 俺は光ちゃんに目で合図した。


「マジか」


 俺たちはその時を待ち、すれ違いざまに振り向き走った。

 狙いはきっとさっきのお姉さんだ。バイクのうしろに乗ってるやつの手が伸びる。


「危ないっ!」


 光ちゃんが大声を出した。お姉さんが振り返る。原付の男達も焦ったのか走行が揺らいだ。伸ばした指先がバッグをかすめ、宙を掴む。


「きゃーーーっ!」


 お姉さんが悲鳴を上げ、バランスを崩し地面に膝を突いた。

 原付はそのままうねり走行を立て直し、アクセルをふかして走り去ってしまった。

 クッソッッ!

 暗闇に見えなくなってしまった原付から、お姉さんに視線を向ける。カクリと腰を抜かし、下着が丸見えになっている。俺は屈んでお姉さんに手を差し出した。


「大丈夫ですか? 怪我は?」

「あ……大丈夫……です」


 膝を擦りむいてストッキングが破れている。


「足、大丈夫? 歩けますか? 響平、警察呼ぶ?」

「服装も黒っぽくて、ナンバーも見えなくしてあった……。でも車種と色だけでも伝えたほうがいいかもね」


 話していると、お姉さんはブンブンと首を振った。


「あ、オオゴトになると困るんで……あの、ありがとうございました! 大丈夫です!」


 俺と光ちゃんは呆れて顔を見合わせた。おおごとになるって、十分大事(おおごと)だろうに。自分は助かって終わりだけど、放っておけば次のターゲットになる人だって出てくる可能性がある。自分のことしか考えてない発言だ。

 お姉さんを引き上げてパッと手を離した。

 光ちゃんも俺同様、呆れたんだろう。拍子抜けでもした感じに「はぁ……じゃ気をつけて」と言って、俺と目を合わせ肩をすくめた。お姉さんは頭を下げながら、小走りで逃げて行った。その姿を眺めながら光ちゃんへ確認した。


「いいのかな……ホントに届けなくて」

「被害者が届けたくないのを俺らがどうこうはできないよね。仕方ないよ。未然に防げただけいいじゃん」


 ふぅ……と、やるせなさにため息をついて光ちゃんを見ると、脱力した俺とは正反対に、キラキラと目を輝かせてた。


「響平、さっきも感じたんだろ? すげーじゃん! やっぱり匂いがしたの?」

「……あ、……う、うん」


 ずっと冷静だった光ちゃんが興奮してる。


「すげーよ。マジですげーよ」


 テンションマックスで嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩く。

 その痛みに体をくねらせながらも、嬉しくて、くすぐったくなった。

 またあの甘い香りが漂ってくる。

 とっても優しい甘い香り……。


「やっぱりさ、響平の能力は人の役に立つんだよ! ……ど、どした?」


 光ちゃんの声にハッと我に返る。

 危ない危ない。香りに誘われて光ちゃんに顔を寄せていた。


「あ! ううん。なんでもない、なんでもない」


 慌てて体を引っ込める。

 光ちゃんは半笑いだったけど、照れくさそうに髪を指でポリポリ掻いた。良かった。まだ甘い匂いは消えない。


「じゃ、行こうか」

「うん。あー、俺んちで飲みなおす? 未遂で済んだお祝い」

「え? いいの? これから?」

「うんうん」


 光ちゃんからまた一気に甘い香りが大量放出する。俺は何故か妙に緊張というか、変な焦りに急かされて、まるで言い訳するみたいに言葉を続けた。


「……泊まってきなよ。ほら、明日も……見回り! しなきゃ。……ね?」

「う、うん。そうする!」


 甘い香りがまた濃くなった。でも、甘いばかりじゃなくて、ブレンドされたような複雑な香りが混じってて俺の鼻腔をくすぐった。

 これって、どういう意味なんだろう……。

 ひとつ言えるのは、嫌な香りじゃないってこと。うっとりするような……目を閉じて身を任せたくなる香り。


「じゃあ、今日もお疲れ様でした!」

「響平もお疲れ様!」


 コツンと缶ビールをぶつけあう。光ちゃんはニコニコしていてとっても楽しそうだ。犯人を捕まえられず逃がしてしまったことをもっと引きずるだろうなって思ってたのに、俺も光ちゃんに同調してた。

 二人でおつまみを食べながら、くだらない雑談したりと楽しく飲んだ。


「でもさ、なにしろ、響平が元気になって良かったよ……」


 二本目も終わり三本目を傾けながら、光ちゃんがポツリと言った。

 俺は「うん」と頷き、手の中の缶ビールをみつめて言った。


「光ちゃんがいてくれたからだって思うよ」


 俺はニンマリしながら光ちゃんへ目を向けた。

 光ちゃんが助けてくれるから、とか。励ましてくれるから、とかももちろんあるけど、こうやってただ横にいて話したりするだけでも俺は元気をもらえている。


「お金貯めて、将来二人で探偵事務所開かない?」


 光ちゃんは酔っ払ってるのか、いきなり突拍子もないことを言い出した。

 俺は半分笑いながら、半分ワクワクしながら聞き返す。


「探偵?」

「響平の能力をもっと世の中の役に立たせるんだよ」

「探偵かぁ~……いいねぇー」


 飲みかけの缶ビールを光ちゃんの缶に軽くぶつけ、さらに一口飲んだ。


「だろ! 今の仕事を……そうだなぁ、あと五年くらい頑張って、その間にオフィスにピッタリの物件を探すよ。探偵のスクールも通ってみようかな」


 嬉しそうな光ちゃんからまた甘い香りが漂い、俺は目を閉じその香りを吸い込んだ。


「ん? 眠い?」

「ううん」


 ゆっくり目を開け、ニッコリと返した。

 甘い匂いはさらに強まる。

 香水とか特に好きなわけでもない。甘いケーキや花の香りにそそられた記憶もない。

 でも、この香りは心地いい。すごく。アルコールも手伝ってるのかな? フワフワとした浮遊感。頭の中がトロンと溶けていくような感覚。

 俺に悪意を感じ取る力があるように、もしかしたら光ちゃんには俺を癒してくれる力があるのかもしれない。犯罪や死に直面する時とは対極の感覚。狩りでキリキリと緊張した脳が、光ちゃんとこうして二人きりでゆっくりした時間を過ごすことで、休まる感じがした。そんなパートナーがいれば、光ちゃんの言う探偵業もきっと上手くいくよね。

 あんなに悩まされた頭痛も最近は無くなった。こっちは無いに越したことはない。

 光ちゃんのご機嫌な未来プランを「うんうん」と聞いてるうちに、瞼が重くなってきた。ぼんやり光ちゃんを見れば、光ちゃんもすっかり目を閉じてる。


「光ちゃん……ちょっとー、寝てんの? ねぇねぇってばぁ」


 頭が完全にガクンと落っこちちゃってる光ちゃんの腕をゆさゆさと揺らす。


「ん? んーん。寝てないし……まだぁ、これからだよぉ……」

「寝てんじゃん~、もー、寝るんだったらあっち行こぉ~、ほらぁ行くよ~」

「う……ん……」


 光ちゃんの手の缶をテーブルへ置き腕を引っ張り上げると、光ちゃんはフラフラと立ち上がってくれた。立ったままゆらゆらしてる。器用な寝方。


「もー」


 手を引いても動いてくれない。

 俺は光ちゃんの腕を自分の肩に回し、片手で体を支え歩いた。

 そんな俺だって地面がスポンジみたいに感じる。

 なんとか隣の寝室まで辿り着き、ベッドに着いた途端、光ちゃんごと限界と身を投げ出した。光ちゃんの腕が俺を引き寄せ、ホッとする匂いに包まれる。

 ふぁ、幸せ……。

 そのまま目を閉じると、俺はすぐに夢の中へ落ちていった。






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